第3話【ねーねーきれー】
「おふろやだー! とりーしゃ、もうでるー!」
「ダーメ、あともう少しで洗い終わるから、おとなしくしてなさい」
お風呂場から響き渡る、幼女の悲鳴にも似た叫び。
次の日の朝。
この家で姉妹が生活をするための必需品を買い出しに行く前に、二人にはまずお風呂に入ってもらうことにした。
本人たちには内緒だが、奴隷だったこともあり昨日から少々臭いが気になっていた。
それでも町に行く以上、それなりに身だしなみに気をつかわなければいけない。
「きょうのねーねー、いじわるできらい!」
「そんな――」
「いまだ!」
「あ! こら! 待ちなさい!」
お風呂場の扉が開く音と同時に、バタバタバタと、
「ごしゅじーん! ねーねーがとりーしゃのこといじめるー!」
半泣きに全裸で現れたトリーシャちゃんは俺の姿を確認するなり、勢いよく抱き着いてきた。
「トリーシャ! いい子にしないと朝ご飯抜きにするわよ!」
遅れて、お風呂場から追いかけてきたリーシアの姿を見て、俺は思わず頬を赤くして目を逸らした。
「? どうされましたご主人さ......ま!?」
俺の反応に今自分がどのような状態かをすぐ理解したようで。
「失礼しました!」
顔を真っ赤にしてそれだけ言い残し、慌てて着替えを取りにお風呂場へと駆けていった。
――昨日は奴隷服着てたから気がつかなかったけど、リーシアって意外と着痩せするタイプだったんだな......。
***
「ねーねー、すごくきれー」
「ふふ、ありがとう。トリーシャもその服、とても良く似合ってるわよ」
「えっへん!」
姉妹同士で褒め合う光景に、自然と頬と財布の紐が緩む。
先程まで少々険悪気味だった二人の仲も、すっかり元通りの仲睦まじい関係に戻っていた。
家で簡単に朝食を済ませたあと、近くの町までやってきた俺たちは、一番初めに服屋へと脚を運んだ。
半獣の二人を見た店主の接客態度は最初こそ悪かったが、予算を見せた途端、
「こちらのお召し物のご用意もできましたので、試着の方をお願いします」
女性従業員がいくつかの種類のメイド服を持ってきたので、早速リーシアに試着してもらうとしよう。
「どうでしょうか?」
まずはヴィクトリアンタイプ、いわゆる黒のロングワンピースに白いエプロンという、この世界でもっともポピュラーなメイド服。
頭に載せたホワイトブリムの後ろからちょこんと出たケモ耳、そしてもふもふで艶のあるシッポがなんとも可愛らしく、今すぐ撫でてあげたい衝動に駆られる。
「とても良く似合う? ......ありがとうございます」
頬を朱に染めて、はにかんだ笑みをリーシアは浮かべる。
「ねーねー、これもきてみてー」
「どれどれ......!? これは......ちょっと......ねぇ」
トリーシャちゃんが勧めたメイド服を見て一瞬絶句し、助けてほしそうな眼差しを俺に向ける。
せっかく店の人間が用意してくれたわけだし、試着しないのも勿体ない――というか俺も是非見てみたいので、「諦めろ」という眼差しと共に首を横に振って意思を伝えた。
「そんなぁ〜」
「ねーねー、はやくはやくー」
「.........わかりました。ご主人様のお望みとあらば、覚悟を決めて試着いたします」
数分後。
「おぉー! ねーねーにあってるー!」
「うぅ~、脚がスースーして落ち着きません。それになんですか、胸元がパックリと空いて。これではまるで
再び試着室から現れたリーシアが身にまとっていたメイド服は、先程のと比べて下は超ミニ・上は半袖、そして何故か胸の部分がハートの形に開いたタイプ。
――コレ、絶対デザインした奴、異世界人だろ?
ド〇キとかア〇ゾンとかで売ってそうな『なんちゃってメイド服』をリアルな半獣の娘が着ると、いろんな意味で破壊力が凄い。
見ろ、本人も恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらもじもじしているではないか。
「ねーねーばかりいいなぁ。とりーしゃもおなじのきたい」
「え~と、トリーシャはもうちょっと大きくなったら着られるようになるかな~?」
「ほんと? とりーしゃもはやくごしゅじんとけっこんしたいなー」
「『!!!???』」
何をどう解釈したのか、半獣の幼女・妹は、どうやら俺とリーシアが結婚すると勘違いしているようだ。
子供というのは想像力豊かで、実に面白い生き物である。
「あのね、違うのよトリーシャ。私はご主人様のお嫁さんじゃなくて、メイドさんになるの」
「じゃあなんで、そんなおひめさまみたいなかっこうしてるの?」
「それはその......私も理由が知りたいというか......って、ご主人様も笑ってないでフォローしてください!」
必死に否定する姉と純粋無垢な妹のやり取りに、つい自然と笑みが浮かんでしまう。
――実用的ではないが、何かの時のために一着くらいは買っておくとするか。
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