第13話 命の価値
サモバットがブルーサファイアに撃破された日の夜。複数人の男女がとある部屋に集まっていた。
そのうちの一人。とある男が口を開く。
「……さて、
その言葉に肩をびくつかせる女。
そして、その女にまるで事情聴取の時のように光が当てられ、今まで部屋が薄暗く、結果としてよく見えていなかった顔が見えてくる。
その顔には見覚えがあった。
……彼女の名は草壁楓。立塔学院高校の教師にしてバベル四天王の一人。
そして彼女のかおが見えてきたのを皮切りに、他の面々の顔も見えてくる。
一人は赤い髪の才媛、葛城朱音。そしてもう一人の、この場にいる唯一の男は池田盛周。
そして、最後の一人。
水色の髪をショートカットにして全体的に鋭利な、どこか冷たい印象を与えるスレンダーな美女。
彼女の名前は『青木奈緒』。
バベル四天王の三人目にして技術開発部門を統括している女性で、葛城朱音とは違う意味での才媛だ。
そして、今この場にいるのがバベル関係者だけ、ということからも分かるように、ここは秘密結社バベル。そのアジトだった。
つまり、今行われているのは昼間に起きた一部の、分かりやすく言えばサモバットの暴走。それについての事情聴取だった。
「なにも責めている訳ではないさ。ただ、なぜこのようなことが起きたのか。それが知りたいんだよ」
盛周の、優しく諭すような声。その言葉には確かに楓を弾劾する意図は見られない。それはまるで楓に原因がない。と
彼の言葉に楓は恐る恐る、と言った様子で答える。
「……もうしわけ、ありません。こちらの方では今回の
楓の口かり紡がれる、まさかの『把握していない』という言葉。
それを聞いた三人の内、盛周と朱音は――。
「……だろうな」
「……でしょうね」
なぜか納得していた……。そして二人は反応のなかった最後の一人、青木奈緒を見る。そこには顔を引くつかせて、さも関係ありません。とでも言いたげに顔を背ける彼女の姿が……。
そんな彼女の姿を見た盛周と朱音、二人の思いはシンクロする。
――やっぱりな、と。
そう、彼女。青木奈緒はかつてのバベル壊滅前から既に技術開発部門の長として君臨していた重鎮にして古株なのだが、同時に先代大首領すらも手を焼いていた問題児だった。
しかし、別にバベルに不利益がある訳ではない。ないのだが……。
「……ふぅ、それで? 奈緒、今回はどういうつもり?」
朱音がどこか呆れた様子で問いかける。
彼女の問いかけに、奈緒は今までの冷たい雰囲気はなんだったのか、と言いたくなるほどに、にへらと笑う。
「いやぁ、ごめんごめん。ちょっとサプライズを――いったぁい!」
反省のはの字もない態度の謝罪をする奈緒に、朱音は即座に頭をはたく。そのことに痛い、と文句を言う奈緒だったが、その顔は満面の笑みを浮かべていた。
……そう、彼女は真正のドMだった。しかも自身の悦楽を優先するためには他者を巻き込むことに躊躇しないタイプの。
今回のこともサプライズ。などと
強いて言うならば今回のことがバレた時、お仕置きを受けれる。と、言ったところか。
それで今回の場合サモバットにあることないことを吹き込んだ。というのがことの真相だろう。
ちなみに、このような横紙破りのようなことを行っているにも関わらず、管轄の戦闘班である楓から抗議が行われていない。それにも理由があった。
「……楓、君も本当に文句を言って良いんだぞ?」
「はい、盛周さま……。分かってはいるのですが……」
「言いにくい、か?」
「……はい」
そもそも四天王の内、ここにいる三人は全て、バベル壊滅前から組織に所属していた面々である。
しかし、その立場には明確な違いがあった。
朱音と奈緒、この二人は先代時代から既に重鎮。大幹部と言える立場だったのに対し、楓だけは上級戦闘員。言ってしまえば怪人よりも立場が下だったのだ。
そして組織壊滅後、盛周が新しい大首領として就任した時に才能を見いだされ、四天王に抜擢。
そしてその時、彼女に教育を施したのが彼女、青木奈緒だった。
即ち、草壁楓にとって池田盛周と青木奈緒は大恩人であり、頭が上がらない存在だったのだ。
それ故に彼女は奈緒へ抗議をしづらく、奈緒も奈緒で巡りめぐってお仕置きを受けられる、と調子に乗る始末。
現状バベルのトップ2の盛周と朱音が頭を抱える事態になっていた。
「……なんでこんなのと友人やってるんでしょう?」
朱音の口から無意識の内にそんな嘆きの言葉が出る。その時点で彼女の苦悩は推して知るべし、というやつだろう。
そんな彼女に盛周は哀れみの視線を向ける。もっとも、彼も彼で、奈緒は直属の部下になるのだから、そう変わりはない。
部屋一面に沈痛な雰囲気が漂う。その中で奈緒だけが楽しそうにしていた。
そのまま部屋に沈黙が落ちた状態で、しばらくの時が流れた。
だがその沈黙は、唐突に部屋へ繋がれた通信によって、破られることとなる。
『大首領、並びに四天王の皆さま方。ガスパイダーさま、サモバットさまの
「そうか、ご苦労」
通信を繋げてきた構成員にそう告げる盛周。
その言葉に構成員は感極まった様子で感謝を述べるとともに通信が切れる。
そのことを確認すると盛周は自嘲の笑みを浮かべる。
「やれやれ、ろくでもない。……やはり死んだら地獄行き、かな?」
「――盛周さま!」
朱音の悲鳴に近い声。それを聞いた盛周は肩をすくめる。
「冗談だよ、冗談。そんなにムキになりなさんな」
「いくらなんでも、言って良いことと悪いことがございます!」
「……それもそうか、すまない」
朱音の言うことに一理ある、と感じた盛周は謝罪の言葉を口にする。
彼の様子に満足そうにする朱音。だが、盛周の中では、既に別のことを考えていた。
先ほど盛周は地獄に落ちる、ということを冗談だと言ったが、本音ではそんなことは思っていなかった。むしろ、落ちることを確信していたと言って良い。
それは先の通信で報告があった再生処理、という言葉が関係する。
時に、特撮の用語で再生怪人という言葉がある。文字通り倒された怪人に再び復活させ再利用する、と言うものだ。
ただ、大抵の場合。その再生怪人は――物語の都合もあるだろうが――弱体化している。それでは意味がない。
しかし、盛周の知識の中――この場合、前世の知識になる――に再生怪人でありながら、一切弱体化していない例を知っている。
それは前世にあった、とあるゲーム。プレイヤーは悪の総統、もしくは正義の司令官となり秘密基地を運営する。というものだった。
そのゲームでは怪人、または正義のヒーローを
――そう、生産だ。
つまり、怪人やヒーローを正しく兵器。
確かに特撮でも怪人を捨て駒にする展開などはあるだろう。
しかし、それはあくまでフィクション。物語だから許容されていただけだ。
だが、ここにいる盛周も朱音も、そして幼馴染みである渚も全員、肉を持ち、血を通わせる確かな現実だ。
そして怪人たちもまた、己が望む、望まざるに関わらず改造された
それを使い捨ての備品のように扱う。そのようなことが許されるのか?
「人は、命は玩具じゃない、か……」
「……盛周さま?」
……少なくとも、盛周はそんなことが許される。などと思っていない。だが、それでも。
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
――たとえ地獄に落ちようとも進むしかない。それしか道がないのであれば。
他の誰でもない。一度死んだ己こそ、この道を歩くにふさわしい。
バベルの構成員たちやヒロインたち。
今を生きる人たちを地獄へ突き落とさせない。それこそが己の命の価値だ、と。そう覚悟を決めて……。
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