第14話 疑念

 バベルの怪人が休日の市街地を襲撃した翌日。

 幸いにも人的被害――あくまでも死亡者など――がなかったこともあり、世間は一応の平穏を取り戻していた。

 しかし、あくまで人の被害がなかっただけで建物の方は一部壁が崩れたり、場合によっては倒壊する危険性もあるため、自治体から避難勧告が出されていた。

 それに付随し、学校の方も万が一の可能性を考慮して立塔市にある全ての学校は休校となっている、

 もちろん、それは盛周たちの立塔学院高校も例外ではなく、彼らは自宅に待機していた。


 基本的にこのような場合、安全のために自宅待機しておくべきなのだが、それでも外出しているものが何人かいた。

 しかし、それも遊びにいくため。などといった理由ではないのだが……。


 ちなみに、その外出している学生の一人が盛周だ。……と言うよりも、正確に言うなら昨日の夜時点の四天王との会合の後もバベルのアジトから移動していない。

 単純に朱音たちと今回の襲撃についての事後処理に奔走していた。


 そして、そんなてんやわんやしている盛周の他にも外出している学生がいた。それは――。






「……これで報告は以上となります。


 とある清潔間を感じさせる部屋で、霞は一人の妙齢の美女に報告を行っていた。

 その報告を受けた美女は、どこか困ったように頬に手を当てながら霞に話しかける。


「……かすみさん。今、ここには私たち以外はいないんですから、。と呼んで良いんですよ?」

「……いえ、あくまでに所属するブルーサファイアとしての報告ですから」

「……かすみさんは、ちょっと真面目すぎるわねぇ」


 そのように冗談とも本気とも取れる言葉を紡ぐ美女。

 長髪の黒髪を靡かせて穏和な表情を見せる彼女の名は南雲千草。

 秘密結社バベルの対抗組織として、政府主導で結成されたバルドルの司令官であり、南雲霞、バベルから裏切ったガイノイドである彼女の身元引き受け人となった女性だ。

 ちなみに千草自身は霞を娘として溺愛しており、霞もまた最初の頃は戸惑っていたものの現在は家族としての立場を受け入れている。

 なお、渚をレッドルビーとしてスカウトしたのも彼女であり、結果として渚と霞、二人ともが活躍したことから彼女は先見の明がある。と各所で一目置かれている。


 そんな彼女ではあるが、身内だけになると少し、ホンの少しだけ自由奔放になりすぎるきらいがある。

 今回の霞への言葉もそのような理由から出てきたのだろう。


「……あの~」


 そこで第三者の声が聞こえてくる。

 その声を聞いた千草は失敗した。といわんばかりに舌をちょっぴり出すと、声を掛けてきた少女。渚へ話し掛ける。


「あらぁ、ごめんなさい。みっともないところを見せちゃったわね。……それとも、なぎさちゃんも私のことママって呼んでみる?」


 冗談半分、誤魔化し半分で話題を流すためにそんなことを告げる千草。

 そんな彼女の言葉を真に受けたのか、渚は慌てた様子で、わたわたと手を振りながら答える。


「ちょ、ちょっ! ちぐささん、勘弁してくださいよっ! ……ほらぁ、かすみもなにか言って!」


 渚から突然のヘルプを受けることになった霞は、先ほどの二人のやり取りも含めて少し頭が痛くなってきたのか片手でこめかみを押さえている。

 そして深呼吸を一つすると、千草へ話し掛けた。


お戯れはほどほどに」

「それもそうね、はぁい」


 霞の苦言にそう返事する千草。しかし、くすくすと笑っていることからもそこまで真剣には受け取っていないようだった。

 あるいは、二人が緊張しすぎないようにあえて道化を演じているのか。

 その証拠、という訳ではないが。くすくすと笑っていた千草はいつの間にか先ほどまでの穏和な、微笑んでいた顔を、きりりとした真剣な表情に変える。


「それで、なぎささん。かすみさん。二人が戦った怪人について間違いないのね?」


 急に真剣な表情で声を掛けてきた千草に少し驚きつつも、渚と霞は彼女の質問。その意図について答える。


「……! ええ、間違いありません。わたしが戦ったガスパイダー――」

「――そして私が戦ったサモバット。ともにです」

「……そう、やはり、そうなのね」


 二人の答えを聞いたことによって確証を持てたのか、重苦しい様子で頷く千草。

 確かにかつてのバベルとの戦いであの二体の怪人に見覚えがあったのは確か。しかし、それならば、なぜ? という感覚が千草にはあった。

 言ってしまうと悪いが、ガスパイダーもサモバットもかつて倒した敵。言ってしまえば攻略法が確立した相手なのだ。


 ――それをわざわざ使う?


 どう考えても不合理だ。しかもあの二体。レッドルビーが、渚がバベルに所属してに倒した敵なのだ。

 つまり、まだ渚が未熟な頃に倒された怪人。だというのに前回、今回という二回の襲撃で運用された。……なんのために?

 単純にまともな怪人がいない。という可能性もあるだろう。実際、ガスパイダーやサモバットも一般人相手なら十分以上に驚異となる。


 しかし、こちらにはレッドルビーブルーサファイアがいる。そのことを知らないとは思えない。

 事実、ガスパイダーとサモバットの口振りからも二人のことは認識していた。

 その状態でなおあの二体を使う理由。どうにもそこが引っかかる。

 なにか、見落としをしているのではないか、と。


 ――その時、ふと自身に視線が注がれていることに気付く千草。

 なんだろう、と視線の先を追うとそこには嫉妬心全開で自身を、正確に言うと考え込んでいる合間にいつの間にか腕組みをし、結果。

 ぐにゃり、と押し潰されてしまっている、人よりも豊満な乳房を見ている渚の姿があった。


「……あっ」


 そこで、そういえば渚は周りに豊満な胸を持つ者が多いことから、胸に関してコンプレックスを抱いていたことを思い出す。

 もっとも千草からすると、渚も年の割にはそれなりに、少なくとも並と言われる程度には立派なものを持っている、と思うのだが。


 しかし、あくまでそれを決めるのは渚な訳で……。


「……うぅーー」

「ま、まぁまぁ……」


 涙目でこちらを睨んでくる渚をなだめようとしている霞。

 そんな二人を見て千草は苦笑する。

 だが、頭の中では先ほどの疑念を――。


(調査できるならした方が良いわね……。でも、厳しいかしら)


 現在、バルドルが抱える戦力を考えて算盤を弾く千草。その答えはやはり、何度計算しても現状では厳しい。というものだった。


(……こんな時、がいてくれたら)


 そんな彼女の脳裏には一人の少女。今は淑女と呼ばれる歳になったであろう人の姿がよぎる。

 その娘はレッドルビー、ブルーサファイアがバルドルに所属する前に活躍していたヒロインであり、明確な組織に所属することなく、金銭的なやり取りによって活動していたことから『傭兵』『バウンティーハンター』などと呼ばれていた。

 その娘の名は――。


(いったい何処に行ったの、ちゃん)


 レオーネと、そう呼ばれていた。

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