第9話 南雲霞《ブルーサファイア》 Begin

 ――すべての始まり、それは薄暗い部屋の中でした。


 私が初めてしたのは約三年前。バベルがレッドルビーという天敵と出会う少し前。全盛期とでも言うべき時の事でした。

 当時、私は新たなるバベルの戦力として、同時に今まで生物ベースで開発されていた改造人間、怪人とは別のモデルベースとして生体部品を使わない、完全機械製――とはいえとある目的のため、培養された有機部分は使用した――アンドロイド。いえ、ガイノイドとして設計、開発されました。


 あの時、私が初めて目覚めた時。私が目覚めた瞬間先代大首領が、がすごく喜んでいたのを今でも鮮明に思い出せます。


 それも必然だったのでしょう。

 何故なら当時の私の役目。それはバベルの戦力としてもそうですが、それ以上に二人の実子であるの護衛として、さらには盛周さま相手に最適化された。いわば次代を残すためのパーツとしての役割を求められていたのですから。


 そのため自分で言うのも面映ゆいですが、それなり以上に見目麗しい姿にデザインされました。

 実際、今通っている立塔学院高校の男子生徒たち。先輩、後輩、同級問わずに視線を集めていることからも、それは証明できるでしょう。……まぁ、それと同時に女子からも嫉妬と羨望、憧憬の視線を集める原因にもなっているのですが。


 ……それはともかくとして。バベルに生み出された私は当然ながら彼らの尖兵として活動することになりました。

 特に私は盛周さまの、大首領お父様のご子息の護衛、戦闘用としてもデザインされたこと、そして生まれた直後に活動を開始したレッドルビー、渚に対抗するために特殊な武装も与えられました。


 ――対レッドルビー用流体変形兵装ブルーコメット。


 特殊製造された液体金属と、それを制御するためのナノマシンにより基本形態の棍を基準として、遠距離狙撃用のスナイパー、遠距離制圧用のガトリング。それに近距離打撃用の大剣、撹乱用の双剣など、複数のフォームを持つバベル肝いりの革新的な技術による新兵装。

 それと、私のガイノイドとしての性能を十全に発揮するために考案されたパワードスーツ。と、言っても見た目はどちらかというと特撮の戦隊もの、とでも言えば良いでしょうか?

 彼ら主人公たちが着るラバースーツを多少改造して、さらに少し、胸部やその……。女性の――男性であっても――大事な部分にプロテクターを付けたものでしたが……。

 もっとも、顔を隠すヘルメット部分は完全にオミット。というのも、私がガイノイドとして完全な性能を発揮するときは頭髪部分が廃熱機構を兼ねることもあって髪が青から銀に変色し、瞳の色も効率化した結果、金に変わることもあって輪郭事態は同じでも別人に見えることから隠す必要がないのと、なにより顔が見える――見目麗しい少女の外見のおかげで、攻撃を躊躇させる効果を見込める――ことから、顔をさらすことの方がメリットが大きい。という理由もあります。


 ……事実、渚とはじめて戦ったとき、あの子はずいぶんと戦いにくそうにしてましたから。

 もっとも、その事がめぐりめぐって私がお父様たちを、バベルを裏切る遠因になったのですから物事は分からないものです。

 だって後に聞いたことですが、あの子は、渚は私がバベルに洗脳された被害者だと勘違いして救うことに躍起になっていたのですから。

 そんなあの子に絆された私も私、なんでしょうけど……。


 もっとも、私が組織を裏切ったのはそれだけが理由じゃありません。

 あの子が盛周さまの幼馴染みで、私の脳内人工知能にあのお方の幸せを最優先にするというがインプットされていたこと。

 そして本来あり得る筈のない。私が、被造物が造物主たるバベルに疑念を抱いたこと。


 ……あるいは、私が裏切ることも大首領の、お父様たちの計画の内、だったのかもしれません。





「――――すみ、かすみっ!」

「……えっ? ……どうしたんですか、なぎさ?」

「どうしたもこうしたもないよ! 急にぼぅっとしちゃって、危ないよ?」

「……え、えぇ。そうでしたか、すみません。少し、昔のことを思い出してまして……」


 私の言葉に、渚は小首をかしげてボケッとした顔を見せました。なんと言うか、彼女のそんな仕草の一つ一つが、あの子が小動物みたい。と、クラスの子たちや、先輩に可愛がられる要因なんでしょうね。


「昔のこと……?」

「ええ、昔のこと。貴女と出会ったばかりの時のこと、ですよ」


 その言葉で得心がいったのか、渚はぽん、と手を叩いています。


「ああっ、あのときの! ……懐かしいね」


 渚は懐かしい思い出を、嬉しかったことを思い返すようにはにかみながら口に出しています。そんな彼女の素直な、純真な心を好ましく思いながら――。


「あっ、チカくんだっ! おぉい、チカくぅん――!」


 渚があのお方、盛周さまを見つけると駆け寄って行きます。


「チカくん! 一緒に帰ろっ!」

「……ん? なぎさ、か。まだ帰ってなかったのか?」


 時間としてはバベル関連のせいで部活動もない以上、生徒たちも帰路に着いているにも関わらず、校内に残っている渚に疑問を抱いたのでしょう。

 そんな盛周さまに、渚の変わりに私が疑問に答えました。


「……ええ、池田さんと久々に帰れるから、待っていたい。と、この子が……」

「えへへ……」


 私が答えたことに、どこか恥ずかしそうにする渚。


 そんな可愛らしいあの子を、私はどうしても――。






 ――少し、哀れみの目で見てしまうことがあります。


 


 自分が大好きな人の両親を、と慕う人たちを自ら討ったことを知らない渚。


 ……どうか、もし。この世界に神様がいるのであれば、あの子に真実が知られないように。

 そうしないと、きっと心優しいあの子は、その事実に耐えきれないから。

 この世には知らなければ、知らないままの方が良いことがある筈だから……。


 だから、どうか神様。


 盛周さまと渚。二人の旅路に幸多からんことを……。


 そして盛周さまがバベルと関わっていないことを……。

 想い人の両親を手に掛け、次は本人だ。なんて救いがないことにだけは――。


「……おぉい、かすみ。いくよ――!」

「……! え、ええ。今行きますっ!」


 私は内心、そう祈りながら先に帰ろうとしている二人に追い付くため駆け寄るのでした。

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