第10話 日常と勘違い
盛周と楓が会合し、その後、渚たちと一緒に下校した日より数日が経った。
今日は日曜日。当然のことながら盛周たち学生はもれなく――昨今のバベル復活の報で部活動の学生たちも――休みとなっている。
だが、どういう訳か前回のレッドルビーとガスパイダーの戦いの後、バベルの破壊活動は鳴りを潜めており、奇妙と言えるほどの平和な日常が訪れていた。
そのことで学生たちは――休日の大人たちもだが――外へ遊びに繰り出していた。
そして、その中には盛周たちも含まれていて――。
「ふんふん、ふぅん♪」
「ご機嫌だな、なぎさ」
ご機嫌そうに鼻唄を歌う渚にそう告げる盛周。
盛周の問いかけに渚は身体ごと彼の方へ振り返るとちょうど上目遣いになるように身体を折り曲げ、満面の笑みを浮かべて答える。
「だって、久しぶりに皆で遊びに行けるから」
如何にも上機嫌です。と誰が見ても分かるような態度の渚に盛周と、そして
「なぎさ、浮かれるのは構いませんが、そんなことをしていたら危ないですよ?」
南雲霞だった。
端から見れば両手に華な状態の盛周に嫉妬の感情を抱く者も出るかもしれない。
しかし、現状は二つの意味でそんな感情を抱いている者たちはいなかった。
まず三人の事情を知らない人々からすると。
一般の人々からすると渚がヒロインとして活動していることは公然の秘密――なお、霞に関してはバレてこそいないが、勘の良い一部の人間はもしかして、と。考えている――と、なっておりどちらかというと感謝の情が全面に出ている。
そして、そんな彼女が楽しげにしていることに喜びの、少しでも平和に過ごしてほしい。という思いが先行している。
さらには、渚が楽しげにしている時は決まって盛周と霞がいることから、なにも知らない人たちからすると二人が渚の友人、というよりもなにかと暴走しがちな渚のストッパー、いわゆる保護者枠として見られがちなため、どちらかというと微笑ましく見られていたりする。
もちろん、この事実は渚だけが知らなかったりする。もし知っていたら憤慨することやむ無しだろう。なにせ同世代、しかも片方は想い人であるのに、それが保護者枠。言ってしまえば恋人と見られていない――どころか、一部では盛周と霞が恋仲なのでは。と勘繰られている――のだから。
そして、
いわゆる宿敵に挟まれた状態で行動している訳であり、それこそバベル大首領とバレた時点で命の灯火は儚く消え去るだろう、と思っている。
……もっとも、そんな考えは盛周の考えすぎであり、もしバレたとしても渚に関しては何らかの
そして霞に関しても、情報自体は信じるだろうが、バベル時代に刷り込まれた盛周に対する感情と、何より三人で過ごした思い出を、特に親友の渚を悲しませたくない。という想いから即座に排除、という行動はとれないだろう。
即ち、良くも悪くも盛周たちが過ごしてきた日常によって、彼の生命、その安全が担保されている。
惜しむらくは、そのことに盛周も含め、
そう、すべからく誰もが……。
とにもかくにも、平和な休日に遊びに繰り出した三人はウインドゥショッピングを楽しみつつ、思い思いに羽を伸ばしていた。
「へぇー、今はこんな服もあるんだね……」
渚はショーウインドウに飾られていた、少し、攻めたデザイン。端的に言えば少々肌の露出が多そうな服を見てほんのりと頬を赤らめている。
今、彼女の頭の中ではその服を着て盛周を誘惑しようとしている自身の姿が過っている。
――ねぇ、チカくん。わたし、どうかな?
――あぁ、すごく可愛いよ。……正直羨ましいよ。なぎさの彼氏が、さ。
――えっ、あの……。
――それとも、俺と。付き合って……。
そこまで妄想した渚の顔は、それこそ乙女としてあるまじき顔で。
そんな彼女を見た霞は、内心ドン引きして――無意識の内に渚から距離をとっている――恐る恐る声を掛ける。
「……その、なぎさ? 乙女としてあるまじき顔になってます、よ……?」
そう言いながら霞は自身の身体で盛周の視線を遮りつつ、手鏡で今、渚の表情がどんな惨状になっているかを確認させる。
……端的に言えば欲望ダダ漏れの薄ら笑いに、口元にはヨダレが垂れ、はっきり言うと百年の恋も冷めるであろう大惨事だった。
その事を認識した渚は。
「…………――――!!」
声なき、それこそ本当にもう。あまりの衝撃に掠れた悲鳴ですらない、引きつった音を出す。
そんな渚の悲鳴に盛周は驚いて肩を強張らせる。
「な、なぁ。……なにかあったのか?」
「い、いえ……。ただ、今ちょっとなぎさの、あの子の乙女の尊厳のためにも、こっちを見ないで頂けると……」
「うん、うん……? わかった」
霞の言葉に疑問を覚える盛周だったが、それでも彼女の真剣な様子に、少なくとも冗談の類いではないことを理解して言われた通りに視線を背ける。
そのまま、何とも言えない空気が三人の間に流れた。が、その空気はすぐに霧散することになる。……もっとも、ある意味状況はさらに悪化することになるのだが。何故ならそれは――。
――突然の爆発。そして悲鳴。
「なっ――!」
――なぜ、
思わずそんな言葉を漏らしそうになる盛周。
そう、彼が驚く通りこの爆発はバベル襲撃の合図であり、同時に彼が口走りそうになったように今回、そのような計画は
あまりにも予想外の展開に放心している盛周。
しかし、盛周が把握していなかったのもある意味道理だった。
何故なら、今回の襲撃は
つまり、今回の襲撃はあらゆる者たち。全ての者たちの勘違いから起きた
まぁ、今回のことで唯一盛周にとって有利に働くことがあるとするのならば。
――どうやら盛周さまの様子からすると、バベルとは無関係のまま、のようですね。よかった……。
唯一、盛周の正体についてたどり着ける可能性があった霞の認識を誤認させることが出来た、という点だろう。
そのことに安堵を覚えた霞は渚へ声を掛ける。
「……なぎさ」
彼女に声を掛けられた渚は、親友が何を言おうとしているのか理解する。
「うんっ、チカく――」
しかし、それは彼女の早とちりだった。渚は霞とともにバベルを撃退するため戦うと思っていたのだが……。
「貴女は池田さんとともに避難を」
「……えっ? かすみ?」
「ここは私が。貴女は彼を一刻も早く安全な場所に」
「……でも!」
「大丈夫です。それとも、私一人ではしんぱいですか?」
その霞の問いかけに渚は一瞬答えを詰まらせる。だが、彼女の答えじたいは既に出ていたのだ。ただ単に声に出しづらいだけで。
「その問いかけは卑怯だと思うな……。うん、頑張ってね、かすみ!」
「ええ、なぎさ。貴女こそ」
心の通いあった二人は互いを見つめ頷くと、渚は盛周の手を取り、彼を安全な場所へ。そして霞は――。
「さて、あそこまで大言を言った以上無様は晒せませんね。――着装!」
彼女の掛け声とともに、服がはじけ飛ぶように変化していく。今までのシックなブラウスとロングスカートからは想像が着かない身体のラインが浮き出た青を基調としたラバー、と言うよりもレオタードに近いスーツとハイレグソックス。手には基本形態である棍になっているブルーコメットを携えたヒロイン。
「……ブルーサファイア、参ります」
現在レッドルビーと双璧をなすヒロイン。ブルーサファイアとして、今再び戦いの場へ赴こうとしていた。
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