第8話 バベル四天王
その後、つつがなく授業がおわり放課後。赤焼けの夕陽が校舎を照らす頃、盛周は担任の楓に言われた通り生徒指導室へ足を運んでいた。
そして指導室に着くと。
「……はぁ」
少し憂鬱そうにため息をつく。しかし、そこで棒立ちをしていても始まらないため、意を決した様子で扉をノックする。すると、中から楓の声が聞こえてくる。
「来たか、入りなさい」
「――失礼します」
楓の入室許可を聞いた盛周は部屋へ入る。そこには丁度入り口から見えるように席が並べられ、真っ正面から見据えるような形で楓が座っていた。
その盛周を呼び出した楓は、彼の姿を見るとすぐに席に座るように促す。
「何をしている。早く座りなさい」
盛周は促されるままに席に座る。それを見た楓は、辺りに人の気配がないことを確認すると口を開く。しかし、それは今までとは全く違う口調で――。
「大変失礼しました盛周さま。ご足労ありがとうございます」
まるで今までの全てが嘘であったかのように、へりくだった言葉使いになっていた。
そんな彼女を見て何とも言えない、複雑そうな顔をする盛周。
「……なんと言うか、相変わらず慣れないなぁ。その変わり身は――」
「申し訳ございません! なにか私に不手際でも――」
「いや、なんでもない。なんでもないから……」
いっそ悲壮感を漂わせた表情で問いかけてくる楓に、盛周は落ち着かせるようになだめる。
その光景はまるで主従が、
だが、ある意味それも必然だった。なぜなら――。
「私ごときが盛周さまに、
――そう、彼女。盛周の担任教師である草壁楓。彼女もまた盛周が首魁である秘密結社バベルの構成員なのだ。しかも……。
「……いや、急に罰なんて言われても。しかも今の貴女は組織の大幹部、
今し方盛周が言ったように、彼女は大首領の盛周を除けば最上位クラスの権限を持つ大幹部である四天王。なおかつ同じ四天王に名を連ねる者の中に先代大首領の右腕だった葛城朱音がいることからも、いかに強い権限を持つのかが理解できるだろう。
時に、そんな彼女がなぜ一介の教師として盛周が通っている高校へ赴任しているのか……?
それにももちろん理由があった。
そもそもバベル四天王。彼女たちが名乗っている役割の中でも、それぞれ明確な違いがあった。
例えば葛城朱音。彼女は組織内に於いて主に内政、分かりやすく言えば組織を円滑に動かすためのサポート役のトップになっている。
それと同じように他四天王にも諜報部門のトップ、技術開発部門のトップなどがおり、そして草壁楓。彼女の役割は実働班。簡単に言えば戦闘部門のトップ。即ち、以前レッドルビーが戦った怪人たちの上司となる。
そんな彼女がここにいる理由。それは一言で言えば有事の際に備えての盛周、即ち大首領の護衛。
特に、この高校には
つまり、一般の生徒や先生は気づいていないが、ここ、立塔学院高校は現在、盛周だけではなく一般の人たちにとっても、もっとも安全かつ、もっとも危険な場所になりかねない。そういう場所となっていた。
閑話休題。
このまま楓に萎縮されていてはまともに話もできないと判断した盛周は咳払いをすると、半ば強引に話を進めるため、今回呼び出した件について問いかける。
「――それよりも、だ。ここに呼んだということは何かあるんだろ。それについて聞かせてくれないか?」
盛周のその言葉を聞いた楓は、先ほどまでの不安そうな表情が消え去る。
そして真剣な、なにも知らない人間が見たら見惚れそうなほどの凛とした表情になって盛周へ話し掛ける。
「……盛周さま、レッドルビーと
「――駄目だ」
楓の話し始めた用件、それを聞いた盛周は最後まで聞くことなく却下を告げる。それは、即ち盛周が彼女の話す内容を思い至るほど何度も繰り返されたことの証であり、同時に幾度となく却下し続けた、という内容であった。
それでも納得いかないのか、楓はなおも盛周へと話し掛ける。
「……何故ですか! 今ここに奴らがいて、我らの戦力を結集すれば倒せるのですよ! 先代の、お父様とお母様の仇を討てる好機なのに――!」
「駄目だ、と言った筈だ」
半ば激昂しながら問い詰める楓だったが、盛周の返答。そして彼の声の冷たさを聞いて頭が冷えたようで、自身が誰に口答えしたかに気付いて顔を青くして震えている。
「……も、もうしわけ、ございません」
そして絞り出すように言葉を発する楓。
そんな彼女の姿を見て、盛周もまた自身が少し気が荒くなっていたことに気付き顔をしかめる。
そして少しでも頭を冷やすためにふるふると振って冷静さを取り戻すと謝罪の言葉を口にする。
「すまない……。だがあの二人は、今後のことを考えると必要な存在になる。腹立たしいだろうが我慢してくれ」
盛周とて楓の、彼女の思いは理解しているつもりだ。特に彼女の場合、組織が壊滅するのを間近で見た生き残りなのだから。
たが、同時に真波渚に幼馴染みとしての情もあるし、何より――。
「――ややこしいもんだなぁ……」
「……? 盛周さま?」
「いや、なんでもない」
確かに盛周にとっても真波渚、レッドルビーは両親の仇である。それは間違いない。
しかし、彼女の存在を、力を欲したのもその両親だった。……もっとも、盛周もその事を知ったのは彼が新しい大首領として就任してしばらくした後だったが。
「ともかく、話がそれだけならもう終わりで良いだろう?」
「……はい、ご足労をおかけしました」
そう言って席を立つ盛周に対し、楓は引き留めるでもなくそのまま見送る。
そして、下校するために下駄箱へと移動する盛周だったが、そこで聞き覚えのある声に引き留められる。
「チカくん! 一緒に帰ろっ!」
「……ん? なぎさ、か。まだ帰ってなかったのか?」
そこには盛周の幼馴染みである渚と、もう一人――。
「……ええ、池田さんと久々に帰れるから、待っていたい。と、この子が……」
「えへへ……」
どこか保護者然として説明する南雲霞が――。
――先ほど楓と盛周の間で話題に出た
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