第7話 草壁楓

 朝の爽やかな風がそよぐ中、パタパタと慌てて走る学生四人。

 霞は比較的涼しげな表情を浮かべているが、残りの三人。盛周たちは必死の形相で駆け抜けている。

 まぁ、学生にとって勉強は本分であり、そして現在そのための学校に遅刻しそうになっているというのであれば、然もありなんと言ったところだろう。

 特に盛周は、何か心配、あるいは気がかりなことがあるのか、鬼気迫る表情で爆走している。

 そのまま、短距離走のランナーもかくや、という走りを見せる一行。

 そんな中、かれらの耳にとある音が聞こえてくる。


 ――キーン、コーン、カーン、コーン……。


 学校の鐘、予鈴の音だ。

 それが聞こえた盛周はひきつった声をあげる。


「まずい……!」


 このままでは間に合わないかもしれない。そう思った盛周はさらにペースをあげる。

 もう、既に過度な運動で心臓はバクバクと悲鳴をあげ、肺が、そして脳が酸素を求め、息も荒くなっている。


 ――だが、あと少し。あと少しで学校に着く。


 事実、彼らの視界には立搭高校の姿が写し出されている。ならば、絶対に間に合わないという道理はない。

 それを理解した盛周、そして他の学生たちもラストスパートをかけ、一陣の風となる!

 ……尤も、その理由は学校に遅刻しないため、というなんとも情けないものだったが。






 息を切らすほどの全力疾走をした盛周たち。

 その甲斐あってか、なんとかぎりぎり間に合ったようで、教室に駆け込んだ際に教師の姿はなかった。

 そのことに安堵のため息を漏らす盛周と渚。


「あ~、良かったぁ……」

「なんとか間に合ったねぇ……」


 遅刻しなかった、と安心して和んでいた二人だったが、ぱしん、という音とともに頭に衝撃が走る。

 その衝撃に蹲る二人。


『あ、痛ったぁ~…………!』


 そして、痛みに蹲る二人の背後に、一人の、赤髪をショートカットにして、どこか不機嫌そうに顔を歪めている女性教師が立っていた。


「良くもないし、そもそも間に合ってもいない。……そして、いつまで蹲っている。さっさと席に着け」


 二人にそれだけを告げると、女教師は壇上に上がろうとするが……。


「どうした、未だに蹲って……。それとも、もう一度で叩かれたいのか?」


 そう言いながら、手に持っている出席簿をぱんぱん、と叩く。

 それが、二人の頭に衝撃を与えたもの、端的に言って凶器だった。

 その言に盛周と渚は痛む頭を擦りながら、そそくさと席に着く。


 ……因みに、霞は教室に入ってすぐに席に着いていたため、難を逃れることに成功するのだった。


 盛周と渚が席に着いたことを確認した女教師、草壁楓は生徒たちを見回して話しを、連絡事項の通達を始める。


「さて、諸君。君たちも、電波ジャックやマスコミの報道で、バベルのことは知っているだろう」


 そう言って、一瞬だけ霞に視線を向ける楓。霞は、なぜ自分が見られたのかわからないようで、小首を傾げている。

 そんな彼女から視線を外すと、真剣な表情を浮かべ、話を続ける。


「それで、今後、安全のためにも部活動は中止。君たちも授業が終わったら寄り道をせずに帰るように。寄り道をしたら、その分バベルの破壊活動に巻き込まれる危険性があるからな。いいな?」


 教師の、楓の連絡事項の到達に、はい! と返事する生徒たち。

 彼ら、彼女らの返事を聞いた楓は満足そうに頷いている。しかし、一つ伝え忘れていたことがあったようで、今度は盛周を見ると、彼に語りかける。


「……そういえば、一つ言い忘れていた。池田盛周」

「……は、はい?」


 突然名前を呼ばれたことで驚く盛周をよそに、彼女はさらに言葉を続ける。


「放課後、生徒指導室に来るように。いいな?」


 楓の言葉に、思わず突っ伏してしまう盛周。

 何を隠そう、彼女は盛周たちの担任であるのと同時に、生徒指導員でもあったのだ。

 そんな彼女に呼び出しを受けてしまった盛周は、力なく返答する。


「……はい」

「では、以上だ。今日も一日励むように」


 それだけを告げると、楓は教室を出ていった。

 それを見送った生徒たち。

 楓が完全に立ち去ったことを確認すると、隣にいた生徒が盛周に話しかける。


「しっかし、お前もほとほと好かれてるな。今回で何度目だよ」

「……うるせぇ」


 クラスの生徒からの問いかけに、盛周は突っ伏したまま、力なく答える。

 事実、彼は楓が生徒指導員になって以降、何度も呼び出されていた。

 尤も、それは盛周の素行が原因。というわけではないのだが……。


 そして、そんな彼を面白くなさそうに見る渚。

 いくら生徒指導の一環とは言え、自身が好いた男が、教師とは言え女性と二人きりで会う。というのは嫉妬心がわくのか、どこか不満げな表情を浮かべていたのだった。

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