第25話

 僕らはバスケットボールマシンの前までやってきた。

 ジャンケンで順番を決める。

 最初に投げることになったのは僕だ。


「いい? 魔衣まいちゃん。順番は守ってね。今は新谷あらやくんの番だから待ってて」


 魔衣は小原さんの言葉を黙って聞いて、こくりとうなずいた。


(こうやって見てると、普通の女の子なんだよな)


 僕がぼおっと魔衣を眺めていたら、小原さんがその視線を遮るみたいに立ちふさがった。


「新谷くん? ゲームに集中してくださいね」

「わ、わかりました」


 僕は持ち上げたボールを見た。子供の頃に見たこういうゲームはもっとゴムまりっぽいボールだった気がするけど、今持っているのはちゃんとバスケットボールっぽい感触があった。

 バスケのテレビ中継で見るような試合中の歓声まで再現されていて、ゲーム台に立っただけでフリースローを任された選手のような緊張感に包まれる。


「な、なんか緊張するな」

 実際手が震えてた。


「がんばって」

 小原さんの声だ。僕を応援してくれてる?

 その横では地雷女が声は出さないが黙ってうなづいている。こっちも彼女なりの応援らしい。


(二人の女の子に応援されるなんて、生まれて初めてかもな)


「よし!」

 一発でシュートを決めたら、もう一度小原さんに思いを届けよう。ここでゴールを決められれば、神様にそんな勇気をもらえそうな気がするんだ。


「とーりゃー!」

 気合を入れて投げたボールは、ゴールのはるか手前にあるフェンスに跳ね返されて、僕の手にまっすぐ返却された。

「……やっぱそうなるよね」


 失敗を払いのけたくて連投するけれど、どのボールも派手に暴れまわる。

 むしろわざとやっているようにしか見えない失敗の連続だった。


「はあ、はあ」

「し、失敗は誰にでもあるわ」

 さっきまで僕に厳しい目を向けていた小原さんになぐさめられてしまった。

「……」

 対して魔衣はコクリとうなずいただけだ。それ、バカにしてるんじゃないよな?


 次は小原さんの番だった。

 ボウリング場では彼女の投球フォームを見れなかったし、今度こそはと僕は目をこらした。

 あ、でもちょっと待って。その制服であまり激しいシュートをしようとすると、スカートがフワフワって浮き上がっちゃうんじゃないかな。手を伸ばしたとたんにブラウスのボタンがはじけ飛んだりとか、ブラのホックが外れちゃう的なイベントは定番だし。


 僕の大いなる心配と少しの期待をよそに、小原さんはそよ風のようにボールを投げた。

 彼女のシュートフォームは独特で、まるで保護した鳥を自然に返すときのような優しさで、ふわりとボールをゴールへと送り届ける。

「ほわっ! ふわっ! しゅーーーとっと、やった!」

 掛け声も独特だな。

 投げた瞬間はとてもシュートが決まるようには見えないのに、ボールは面白いようにゴールのリングに吸い込まれていった。

 投げるペースがあまりにもゆっくりだったので制限時間内のシュート回数は少なかったものの、失敗が少なかった分スコアは伸びた。


 最後に魔衣の番がやってきた。

 彼女は僕や小原さんが投げたボールの動きを猫のように首を動かして追っていたけれど、はたして遊び方を理解しているのか不安でならない。


「いいか? このボールを投げてあそこのリングに入れるだけでいいからな? 余計なことはするなよ」

「ヨケイなことって?」

「銃で撃とうとするとか、目からビームを発射するとか」

「目からビームは出ない」

「そうか。いい心がけだ。人と違うことをする奴は攻撃されるからな。動物ってのはそういう習性で――」

「コウゲキされる?」

「ああ、うんそう」

「ワカッタ。しっかりと身を守る」

「よし、それじゃ……。うん、どうぞ」

 小原さんににらまれていることに気づいて説教を切り上げた僕は、早々に魔衣を送り出した。


「コウゲキは最大の防御」

「え? なんだって?」

 魔衣は僕の質問には答えないで数歩後ずさりしたかと思うと、助走から一気に飛び上がった。開脚と同時に目の前でスカートがひらめき、閃光が襲い掛かる。


「ぐわ!」


 僕は腕で目を覆ってよろける。

 足がもつれて倒れ、頭をぶつけてしまった。

 同時にバーンという凄まじい音がしてゴールが決まったことを知らせるサイレンが鳴った。


「痛ってて」

 視力が戻ると、小原さんが魔衣に掴みかかっていた。


「ちょっと、どういうつもり?」

 すごい剣幕けんまくだ。

 閃光攻撃で僕を倒したことに怒っているのだろうか。だとしたら嬉しい。

 僕も加勢するために猛然と立ち上がり、魔衣に食ってかかった。


「おい! 隠してるものを出すんだ」

 パシっ!

 スカートをめくり上げようとした僕の手を小原さんの手が叩いた。


「ちょっ! なにしてんの!」

 と言いながら、なおも魔衣のスカートを掴もうとする僕の手を押さえる。

「止めないでくれ小原さん、こいつのスカートの中を確かめなきゃいけないんだ!」

「いったい何を確かめるっていうのよ!」


 真っ赤になって叫んだ小原さんの空いていた手が、僕の頬に飛んできた。

 またもや白い火花が散る。


「な、なんで!?」

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