第24話

 半ば強引に小原さんに連れてこられたのは、ボウリング場と同じく小原さんがお父さんとよく来たっていうアミューズメント施設だった。


小原こはらさんってさ、お父さんと仲いいんだね?」

「ど、どうして!?」

「いや、ボウリングもそうだけど、お父さんとよく遊びに行ってるみたいだったからさ」

「べつにファザコンってわけじゃないからね! わたしとお父さんははただ……」

「ん?」

「ただ……、仲がいいだけよ」

「そっか」


「な、なんでニヤニヤしてるの? わ、私のことなんかより新谷あらやくんよ。この子、魔衣まいちゃんとはどういう関係?」

「えっと、その、猫の件で世話になった、みたいな?」

「なんで疑問形なの? ウソついたってすぐ分かるんだから」

「いやいやいや、ちょと――」

「いやって三回言った」

「ちょ、ちょっと話が――」

「どもった!」

「最後まで聞いてよ!」

「むぅ」


 小原さんは頬を膨らませている。そんな可愛い仕草を見せられたら天使だって脱力しちゃうから。


「あのね。ちょっと話がややこしいだけなんだ。えっと、ひどい目に遭ってた子猫を助けたんだけど、その猫をどうするか相談してて、子猫は今家で妹が面倒見てる」


「子猫を?」

「うん。増水した川に取り残されてて。気が付いたら僕は川に飛び込んでて」

「……なんてバカなことするの!?」


 小原さんの顔がぐっと近づいてくる。

 さっき魔衣にキスされたことを思い出して、唇がムズムズしてしまう。


「そんな危ないことして! 下手したら死んじゃってたんだよ? そういうので死んじゃう人がいるって、テレビのニュースでも言ってるでしょ?」


 ――そういうとき、若者は自らの安全をおろそかにしがちです――


 テレビのニュース解説者の声がこだました。

 ああ、そうだったね。

 あの時僕は完全に舞い上がってた。

 勢いで告白して、小原さんを怒らせちゃったんだ。


「ごめん。小原さんには悪いと思ってる」

「私じゃなくて! 新谷くんが無事で良かった」

「……え?」

「新谷くんが無事だったから許してあげる」


 ああ、涙でうるんだ小原さんの瞳が光を反射して揺れている。僕が無茶したことに腹を立て、無事だったことを喜んでくれる。

 やっぱり小原さんは優しいな。


 あれ? でも僕ってフラれたんじゃなかったっけ?

 いや、今の流れならもう一度告白をやり直すこともできるんじゃないかな。

 いや、それは急ぎすぎか……。でも、小原さんは僕と魔衣の仲を疑っているのかも。なら、気持ちだけはちゃんと伝えないと。だって僕が好きなのは小原さんなんだから。


 よし、やっぱり言うぞ!


「二人の心拍数の上昇を感知」

 冷静な魔衣のその声が、僕と小原さんの身長を五センチは伸ばしたと思う。

「そ、そんなわけあるか!」

「な、ないわ、そんなこと!」

 二人同時の抗議。その反応に今度は魔衣が目を丸くした。


「そんなもの出そうとするな」

 ワイヤー付きのセンサーを伸ばそうとする魔衣の手を包み込むように押さえたのを、小原さんは見逃してはくれなかった。


「それはそれとして、よ! 新谷くんは節操がなさすぎ。誰かさんにフラれたからって、すぐに他の女の子に手を出すなんて」

「え? いやいや、手を出すとかじゃなくて。だからさっき説明したとおり――」

「キスしてたでしょ?」

「……」


 目の前が暗くなった。


「さっきこの子とキスしてたの、私、見たんだから!」


 小原さんは唇を噛んだ。

 今の今まで、言わないようにずっと我慢してたって顔だった。


「い、いや、ちが、違わないけど、違うんだ! あれはこいつが勝手に――」

「ねえ、魔衣まいちゃんはバスケットボールは好き?」


 ぼ、僕は放置!?

 小原さんは、自分が名付け親だということも知らずに地雷女の名前を呼んだ。


「こ、こいつが得意なのは、」僕は口に指を突っ込んで面白がっていた地雷女の姿を思い浮かべて言った。「赤ちゃんごっこぐらいだ」


新谷あらやくんには聞いてません! 私は魔衣ちゃんに聞いたの!」


 小原さんに強く言われ、僕は自己嫌悪に陥った。

 三人以上の会話って苦手だ。


「あ、赤ちゃんごっこ……」


(小さな声でそうつぶやいた小原さんが、汚いものでも見るような顔で僕をにらんでいる。なんでかな?)

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