第2章
第23話
「あれ、何?」と地雷女が聞くと同時に、
「この子の名前は?」と
二人同時にしゃべったら聞き取れないじゃないか。
「え? なに?」
「だからあれは……」
「彼女の名前は……」
また言葉が重なった。
二人の仕草で何を言いたいのかだいたい理解できたけど、どっちの質問を先にこたえるべきかと考えたら迷ってしまう。そりゃ小原さんを優先したいけどさ。地雷女がしつこく質問を続けて邪魔されたら困るじゃないか。
「はぁ、あなたから先にどうぞ」
小原さんが地雷女に譲ろうとする。
結構トゲのある言い方だったし普通はこんなふうに言われたら躊躇してしまうんだろうけど、地雷女は気にしなかった。まあ予想通りだけどね。
「あれ、何?」
「えっと、あれはボウリングっていうゲームだよ」
僕が指さしたプロ級のプレイヤーが、見事なストライクを決めて気持ちのいい音を響かせた。地雷女の視線だけでなく、ホールにいた客の視線が一気に集まる。
「ゲーム。
「違う違う!」
僕は慌てて地雷女の口をふさごうとする。
「え? なに?」
「違うんだよ、小原さん。この子は宇宙人だからボウリングを知らないだけなんだ」
「宇宙人?」
小原さんは地雷女の格好を上から下までチェックした。
「最近の宇宙人のコスプレって、こんな感じなの?」
僕の意図とは違う答えが返ってきた。
「いや、えっとね……彼女はなんていうか、究極の世間知らずっていうか、僕らが当たり前だと思う常識が通用しないっていうか、そう! これからもいろいろ変なこと言うだろうけど、気にしないで」
一緒にいる間、コイツがどんなこと言いだすかわからないしな。
「ふーん」
「うん、そうだよ」
「それで、彼女の名前はなんていうの?」
「なま、ええ!?」
「な、なんでそんなに驚くの?」
「いや、その」
意表を突かれた。いや、人を誰かに紹介するなら当然予期される質問だけど、コイツの名前なんて聞いてないぞ。小原さんの目の前で聞くわけにもいかないし、どど、どうすれば。
「えっと、えっとー」
僕は手をひらひらさせた。
地雷女は僕の手の動きを、お前もやってみろという合図と受け取ったらしい。立ち上がって自分の分だとあてがわれたボールを持ち上げた。
「地雷女の名前か、名前……」
僕は地雷探しのゲームを思い出した。あのゲームの名前はたしか……。
「マイン、ス……」
「マイ、ちゃん?」
「あ、いや」
「
「あ、うん。そうだった。実際はそんな可愛い感じじゃなくて、悪魔みたいな奴なんだけど……」
「可愛い漢字じゃないの? 悪魔みたいな漢字? うーん、じゃあ、魔をまとうって書いて、
「そうだね。悪魔にまとわりつかれた感じだよ」
微妙にズレたタケルと
タケルが目を向けると、さっき魔衣と命名されたばかりの地雷女が、少女漫画のお姫様に挨拶する美少年騎士みたいな格好でボールを投げ終わったところだった。
魔衣のレーンにはストライクのランプが点灯する。
「へえ、あの子ボウリング得意なんだ」
「あいつにあんな特技があったなんて」
なんとなく不満そうな顔をする朋美に対して、心の底から感心したような声をあげるタケル。朋美の鋭い目がタケルに向けられる。
「あ、ああ、ごめん」
「なんで謝るの?」
小原さんは落ち着かないみたいで、座ったまま制服のスカートを何度も直していた。体重を左右に振るたびに、表面がツルっとしたイスに太ももの肉がピタリと張り付いてマシュマロみたいに形を変える。僕はそこから目が離せなかった。
「いや、なんとなく……怒ってるのかと思って」
「お、怒ってなんかないわよ!」
思いのほか大きな声が出てしまったんだろう。自分の声に驚いた小原さんは、背中を丸めてカメのように丸くなってしまう。うん、やっぱり目が離せない可愛さだ。
でもさ、学校の外で小原さんに会うなんてすごい偶然じゃないか?
中学1年の時から片思いしてて、こんな偶然をずっと待ち望んでたけど、一度だってなかったんだぞ。こんなに近くに住んでたっていうのに。
それがなんで今になって。
よりによって地雷女とキ、キスしてる時なんかに。
「ねえ、
朋美がトーンを落として話をしている間、タケルは彼女の言葉をまるで聞いていなかった。目の前の信じられない光景に目を奪われていたからである。
先ほど魔衣と命名されたばかりの地雷女が、ひたすらボウルを投げ続けている。順番も何もあったものじゃない。しかも投げるたびにプロボウラーの神様が降臨してしまうのか、スコアとともにフォームがどんどん向上していく。
スポーツとしてのボウリングの目的はスコアを競うことであってフォームの美しさは関係ないはずなのだが、なぜか魔衣の投球フォームは二次元的な過剰演出がモリモリだった。
どこに大型扇風機があるのかと突っ込みたくなるほどサーモンピンクの長い髪がぐわっと広がり、どこにそんな必要があるのかと思うほど手足をまっすぐに伸ばした姿勢で投球を終える。
いつしか彼女の投球が終わるたびに拍手が起こるようになっていた。それも、イキのいい姉ちゃんがストライクを決めやがった! みたいなノリではなく、オペラ歌手が見事な歌を披露した後みたいな、修練の極地をたたえる尊敬にも似たものだった。
「ねえ、ちょっと新谷くん聞いてるの!?」
「は、はい!」
僕の反応で聞いてなかったことがバレバレだったんだろうね。小原さんが急に頬をふくらませるのが分かった。勢いよく立ち上がって今投球を終えたばかりの魔衣と向かい合った。
「あなたには負けないから!」
「…………わかった」
手袋を投げつける勢いの小原さんを前にしても、麻衣は表情も変えなかった。それが返って対抗心を刺激したんだろうね。小原さんの顔がみるみる赤くなっていく。
「あ、あのさ。そんなにムキにならなくても――」
「新谷くんは黙って見てて!」
見ててと言われてもなあ。
女の子二人がキャッキャうふふと仲良くしてるところならいくらでも見ていたいけど、そんな果し合いみたいな状況は見過ごせないっていうかさ。
助けを求めるように周囲を見回していた僕の目に、信じられないようなスコアを表示するモニターが目に入った。しかも三人分のスコアが全部埋め尽くされて、ゲーム終了が表示されてるじゃないか。
「いっとくけど、私はお父さんに鍛えられたからボウリングは自信あるの!」
ボールを取りに行こうとする小原さんを引き留める言葉が浮かばない。
どう言い訳したら?
「なーに新谷くん。私の言葉が信用できないの? 200点越えしたこともある私の腕を甘くみないで」
「い、いや、そうじゃなくて。魔衣の奴が、その、全部投げちゃったんだ」
「……え?」
小原さんがスコア表示されたディスプレイを見ると、僕とまったく同じ反応をした。
三人分のスコアがすべて埋まっている。それぞれ162,178,196となっていたけど、問題なのは途中から全部がストライクで埋め尽くされていたことだ。
「これって、まさか……」
魔衣が連続で投げたのだとすれば、プロでもかなり難しいとされる300点パーフェクトを達成し、そのうえさらにストライクを重ねていたことになる。
「こ、こんなの……。ありえない」
「き、気にすることないよ。こいつは得意なことは得意だけどダメなとこはとことんダメな、変人タイプってやつなんだよ、きっと。だから小原さんがムキになるような相手じゃ――」
「なにそれ! 私じゃ相手にならないっていうの? それが新谷くんの選択なの?」
「え? 選択って、なんのこと?」
「ボウリングはもういい。次に行きましょう!」
どうやらキャッキャうふふな女の子を見るのは当分おあずけみたいだ。
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