第17話

 いつもならありがたい休み時間も、今日ばかりは飯田いいだ君やケンヤにいつ話しかけられるかと不安で、チャイムが鳴るたびに緊張をみなぎらせていた。


 おまけにさ。

 こういう日に限ってどの先生も時間どおりなんだな。


 終了のチャイムが鳴るとなぜかやる気をみなぎらせていつも授業時間をオーバーする日本史教師まで、今日はチャイムが鳴る前のプツっというスピーカーの音を聞いたとたんに授業終了を宣言した。


 その異常さは、職員室に美人の研修生でも来てるんじゃないかという疑惑を生み出し、実際に確かめに行く猛者まで現れたくらいだ。


 そんなわけだから今日一日、飯田君たちは僕に話しかけるチャンスはいくらでもあったはずなのに、飯田君は授業が終わるたびにシンジを連れて席を立ち、教室から姿を消していた。


 待ちぼうけと肩透かしを何度もくらい、誰が見ても体調が悪そうだったんだろうね。いつもは話しかけてこない保健委員の眼鏡女子にまで大丈夫ですかと声をかけられる始末だった。


 ありがとう。君の優しさが辛いよ。

 追い打ちをかけるように集まるクラスメイトの視線から逃げるように僕は廊下に出た。


 昇降口に行くには小原こはら朋美ともみさんのいる隣のクラスの前を通らなきゃいけないんだけど、こんな日に失恋した相手と顔を合わせる勇気なんかあるわけない。


 僕は教室の前を顔をそむけて走り抜け、逃げるように学校を飛び出した。



 自宅最寄り駅に着くと、僕はふと気になってショーウィンドウ前で立ち止まった。


 ガラスに映る自分の顔。

 僕って、こんな顔だったっけ?


 目は落ちくぼんで生気がなく、頬もこけてやつれたように見える。乾燥して髪はぱさぱさだ。


 きっとあの地雷女のせいだ。

 あの女が……


 ちらちらと動く光が気になって、モニターから流れているニュースが目に入る。

 カメラは何の変哲もない住宅街の一角を映していて、女性レポーターがカメラの前でマイクを持って立っていた。


「――犯行は朝の通勤時間帯に行われ、同時刻にここを通りかかった会社員の男性や女子中学生が軽傷を負いました。男は通報によってかけつけた警察官によってすぐに取り押さえられましたが、目撃者によると、男はナイフやモデルガンのようなものを所持していたということです」


 通り魔事件?

 場所はどこだろう。


 ぼんやりと考えていた僕の頭の中で、ひとつの言葉がこだました。


 ナイフやモデルガン――

 モデルガンのようなもの――


 はじかれるように僕は走り始めた。


 そうだった。

 あの女がいるんだ。僕の部屋に。

 登校前に窓の外に武器を隠しておいたが、それで安全とは言い切れない。

 それに今日は妹の帰りが早いはずだ。

 妹に手を出そうとしたらただじゃおかないからな。

 あの銃を取り上げて、今度こそあいつを、あいつを……。


 思考が同じところでリピートして、足が重くなる。

 走るスピードが落ちて行く。


 あいつを、どうするって?


 あの、理想の美少女フィギュアみたいな女の子。

 武器の使い方を教えてとせがみ、使いこなせないパワーアシストで自らの体を痛みつけていた不器用な少女。


 たとえ迷惑な地雷女だろうと、僕が彼女を傷つけてるとこなんて想像できない。


 せいぜい彼女の色香に惑わされないように気をつけるくらいだ。


 どんなことをしても妹を守るという決心は、あっという間にグラついていった。

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