第16話

 無断欠席した翌日の学校。


 後悔と罪の意識で教室の入口でまごまごしている間に、男子生徒の一人が後ろから入ってきた。

 僕に気づいて、おやっという声を漏らす。

 声をかけるつもりもないのに、ねっとりした視線だけは置いていく。


 なんという屈辱。

 そそくさと窓際の自分の席に逃げ込んだ。


 窓から見える校庭は、暗い雲に覆われていつにも増して殺風景に見える。昨日、自分が休んでいた時も、こんな感じだったのだろうか。


「ああ、もう帰りたい。昨日の朝、川なんかに行かなければ……。もう遅刻も欠席もしないぞ。目立つのはごめんだ!」



 授業前に担任がやってきて無断欠席を追及されたときは冷汗が出たけど、なんとか一時限目を乗り切った。

 気力体力ともに限界だった。

 だから休み時間になったら用がなくても席を立ち、トイレや廊下を往復するというルーティーンを忘れてしまった。


 窓際後方の席は、カースト上位の連中のたまり場だ。

 間違っても僕みたいな負け組ぼっちが腰を落ち着けていいような場所ではない。


「なあ、新谷あらや、お前さ」

 前の席の飯田健也いいだけんやに話しかけられた。

 同じ中学から来た男子のひとりだ。

 中3で同じクラスだったから多少は知っているが、当時は不良グループのひとりと目されていた。


 僕の知る限り、飯田君が学校内で問題を起こしたことはないんだけど、一度だけ学校に警察が来たことがあるんだ。


 彼のグループがひとりずつ校長室に呼びだされて事情聴取を受けた。くわしいことは知らないけど、噂では、近隣の中学の不良グループ同士の喧嘩があって、彼らもその場にいたらしかった。そういえば、彼らのうちの一人は、顔をらして腕に包帯を巻いていたな。


 その時の飯田君の席は、今は僕が座っている窓際最後列。


「べ、別に。これは担任が決めた席順であって。ぼぼ、僕はいつでも席を譲っていいんだけど!」

「なに言ってんだよ?」


「なあお前、昨日女に追いかけられてたよな?」

 横にいた別の男子が会話に乱入した。名前を忘れたけど、いつも健也と一緒にいる奴だ。


「え? あの」

「あの女にちょっかい出したんだろ? いったい何したんだ?」


 女?

 まさか、見られてた!?

 昨日の下校時間の、あの地雷女との追いかけっこを!?


 てことは、登校途中に熱が出て帰ったっていう先生への嘘も、こいつはお見通しというわけで……。

 僕の高校生活。終わった。


「ちょっと待てよ、信二シンジ。新谷がおびえてんぞ」


 健也が言った。タケルの机に覆いかぶさるようにして話しかけるシンジの肩を、なだめるように二三度叩く。


「なんだよ! 人聞きがワリいな。俺は脅してなんかねえって」

「その、人の腹をパンチでえぐるようなしゃべり方が、すでに脅しなんだよ」

「おっ!? えぐるようなパンチ? こうか? こうか?」

「ヒッ……」


 目の前でぶんぶんと腕を振り回すシンジ。

 風圧だけでちびりそうだからトイレに行っていいかな。


「おい、お前はトイレ近いんだから便所行っとけ」

 飯田君は僕ではなくシンジに言った。


「おう、そうだったそうだった。俺のかわりに聞いといてくれよ、ケンヤ」

「ああわかったわかった」


 僕が怖がっているのを見かねた?

 それとも話の邪魔だから追い払った?

 どっちかわかんないけど、とにかく助かった。


 せっかく静かになったのに、飯田君は下を向いて考え込んでいる。

 イスの背に腕を置いて足を開いて座っている姿が、自信満々で男らしく見えた。


 中学の時と同じだ。

 暴走しがちな不良たちをがハメを外しすぎないように目を光らせてるボスって感じだ。


「えっと……」

 プレッシャーに耐えきれない僕が先に口を開く。

「ああ、わりぃ。ちょっと、言葉が見つからなくてな」

「……はあ」


 なんだろう。飯田君が肩を落として自信なさそうにしている姿が新鮮だった。

 ボスなりに、いろいろ頭を悩ますことがあるのかもしれない。


 でも僕は焦っていた。

 シンジとやらが聞きたがっていた女のこと、今のうちに飯田君に話しておかないと、あとでまた目の前で素振りされるハメになる。


「えっと、昨日の話だけどさ。学校行く途中で、ちょっと休むつもりで寄り道したんだ。そしたらあの子が川でコスプレの衣装を着てたのを見ちゃって……」


 ここまではホントだ。実際は他にもいろいろ信じられないことがあったけど、嘘はついていない。


「ああ」

 飯田君は気のない返事をしただけだったけど、僕は構わず続けた。


「恥ずかしかったんだろうね。見てた僕を追いかけ始めて……」

 いや、苦しいか。恥ずかしくてパニックになって追いかけた? それで信じてもらえるか?


「ああ」

 同じ返事だった。それならこのまま話を終わらせてしまおう。


「それで、コスプレしてたことは人に話さないって約束させられちゃった。でも飯田君たちに見られてたんだから、そんな約束意味ないよね、はは」

「ああ」

 思いついたウソを早口でまくし立てた。


「……飯田君?」

 反応がないことにあせる。

 まさか、ウソがバレてる?


 だからって正直に話したところで信じてもらえないに決まってる。

 それならさっき言ったウソのほうがマシだ。

 やっぱりウソをつき通すしかない!


 キーンコーンカーンコーン。

 次の授業の開始を告げる鐘が鳴った。


 先生が教壇に立つのとほぼ同時に、さっきトイレにいったシンジが教室に滑り込んでくる。


「またギリギリか、シンジ。今度やったら遅刻にカウントするぞ」

「えっと、すんません。俺、ションベンの切れが悪いもんで。いつまでもダラダラ糸引いて大変なんす」


 男子が低い声で笑い声を漏らす中、クラス中の女子が、またかとイヤな顔をする。

 そんな中、ようやく飯田君から反応があった。


「悪い。時間とらせた。また今度」

「う、うん」


 なんとなく歯切れの悪い言葉。

 あの飯田君が、いいかけた言葉を飲み込むなんてことがあるんだろうか。

 きっとシンジという奴に会話を邪魔されて、ちょっと頭にきたのだろう。きっとそうだ。


「それじゃあ、今日は前回の授業で残ってた問題、十八ページ最後の回答からはじめるぞ」


 先生のその声で、僕は自分の教科書に視線を落とした。

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