第14話

 すやすや。


 僕は寝入りがとてもいい。


 翌日にテストがあろうが、いや、むしろ勉強がらみのイベントがあるときほど、普段はやらない部屋の片づけや読書に夢中になって、気分転換するのがうまいのだ。


 妹に自慢したら、お兄ちゃん、それは逃避っていうんだよと、逆に心理学の知識を自慢された。


 それはそうと、いつもは一度寝たら地震があろうが雷が鳴ろうが気付かないのに、なぜか今夜は誰かが部屋に入ってきた気配に気がついた。


 トイレに起きた妹が寝ぼけて部屋を間違えたのかもしれない。


 まあいいけど。


 昼間、ノックもせずに勝手に部屋に入ったことも、夜中に間違えて部屋に入ってきたことも許してやることにする。

 だって、お兄ちゃんは今日はなんだか気分がいい。理由は思い出せないけれど、このところまともに寝ていなかった気がする。それが今日はすっきりした気持ちで寝られたのだ。


 がさがさがさ。


 おや?


 今日は僕の布団に入るのか。


 テレビで心霊特集を見た夜、妹が僕の布団に入ってきたことがあった。でもあれは小学生の時の話だ。

 成長した今のお前と同じ布団で寝るのは、一部の趣味の人に美味しいネタを提供することになるから遠慮してほしいな。

 それともお前は、朝起きて「勘違いしないでよね! 寝ぼけて部屋を間違えただけなんだから」とツンデレ的反応で僕を悶絶させようというのか? あいにく僕はそんなことで喜ぶ趣味はないから、そろそろ部屋にお帰り。


 僕がもぞもぞ動いてようやく間違いに気づいたのか、それきり気配はなくなった。


 でもそれは間違いで、寝ぼけていたのは僕だった。

 つぎに気が付いたとき、僕は絶体絶命のピンチだった――


 金縛りのような重苦しい気配に目を覚ます。

 仰向けに寝ている僕の目の前に、女の顔が浮かんだ。

 長い髪を垂らして、僕の顔を覗き込んでいたのは、あの地雷女だった。

 思わず叫び声をあげようと開けた僕の口に、女が何か固いものを突っ込んだ。歯にガチっという金属の当たる嫌な振動が響く。


 思い出した。

 この女が昼間自分に銃口を向け、結果的にかすり傷程度だったとはいえ発砲までしたことを。

 口に突っ込まれたものに焦点を合わせる前に、その正体を僕は理解した。


「アナタ、ナニ?」


 なんだって?

 人のベッドに無断侵入したくせにその質問はなんだ。体を動かそうとしたけど、彼女が上にまたがっているせいで逃げられない。


「もう一度聞く、アナタは何?」


 質問の意味が分からないし、口をふさがれてるんだぞ。


「ああお、あぐ、うえ(銃をはずして)」


 地雷女は僕の声がおかしいことに気づきはしたものの、自分が相手の口に銃を突っ込んでいるせいだと気づきもせず、きょとんとした顔をしている。


 僕は彼女の太ももに挟まれていた腕をなんとか引っ張り出して、銃を指さしてうったえた。


「おえ、おえ(これ、これ)」


 地雷女は何を思ったのか、自分の口に指を突っ込み、僕の真似をしてしゃべり始めた。


「ほおいいおいう、ああああ、あい(もう一度聞く、あなたは、何?)」


 彼女の頭の上でシャボン玉がはじけた。

 世紀の大発見をした子供のような顔。


「あえ、あえ。おおう、おおう(待て、待て。殺す、殺す)」


 何かしゃべるたびに、目をパチパチさせている。

 まるで赤ちゃんだ。

 初めて自分の口から出た音に気づいて、それを何度も確かめている赤ちゃんだ。


 何か物騒な言葉を口にしている気がするのは、気のせいだと思いたい。


 第三者から見ればほほえましい光景かもしれないな。

 でも僕は痛みと恐怖で大粒の涙を浮かべていた。


 武器を振り回す頭のおかしい女から逃れられない自分の運命をのろったよ。

 ヤバいくらい可愛いのに、オツムの方はもっと手の付けられないヤバさだ。

 涙は頬を伝って、枕を濡らしていた。


 僕の顔をつたう涙に気づいたのか、それとも自分の用事を思い出したのか、ともかく女はおしゃべり遊びをいったん止めて、僕の口に突っ込んでいた銃を引き抜く。

 ゆっくりと僕に顔を近づけて舌をペロリと出し、こぼれた涙のしずくを舌先で受け止めた。


 この女は本気マジでヤバい。

 お前は誰だと質問しておきながら、口に銃を突っ込んで答えさせない。こっちが銃をどけてくれとお願いすれば、人をバカにしたように遊び始める。

 映画とかに出てくるサイコ殺人鬼だ。顔を舐めたあとは面白い遊びをしようとか言って、自分の頭と僕の頭でロシアンルーレットを始めるかもしれない。


 顔を舐めて……まさか食べるつもりじゃないよな!? いや、この女なら何だってやりかねない。肉食系地雷女だ。ヤバい。もし噛みつかれたら、こっちも噛みついて抵抗してやる。


 女はドロリとした低い声で、僕の耳元にささやいた。


「心拍数上昇を検知」


 僕は恐怖でいっぱいで、彼女の言葉が理解できなかった。

 女は僕のトレーナーをまくりあげて胸を露出させた。

 胸の筋肉の形をたしかめるように、肌の上で指先をなぞらせていく。


「ここ」


 女は心臓の部分を指さして言った。

 そして腰からワイヤーのついた、にぶく光る金属製の器具を取り出す。


「ちょ、待って。び、美少女とお医者さんごっこしたいとか考えたことあるけど。でも。もうそんなこと考えませんから、そういう本格的なヤツだけはやめっ、えぐっ」


 女の手が僕の口をふさいだ。


「動くな。測定の邪魔」


 胸に金属の冷たい感触が当たる。その冷たさに心臓まで凍り付いてしまいそうになる。いくつもの小さな針が出てきて刺さったような気がしたが、肌が冷やされているせいか痛みは感じなかった。

 彼女が測定の具合を確かめながら、何度も僕の腰の上で体を動かす。


「これなに?」


 女が体を起こして、視線を下のほうへ移す。

 そういえば、女と自分の体の間に、何かの器具が挟まっているような気がする。

 これは女の持ち物か?

 それとも……あっ!


「ちょっ! 体をどけて、うぐ」

「動くな」


 僕が必死にもがくと女が動きを封じようとする。口を押えていた手に力が入る。

 僕はそれでも暴れていたが、しばらくすると意識が薄れていった。

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