第13話

「まったく、今日はひどい一日だった」


 妹が出て行ってすぐ、僕はベッドにもぐりこんだ。

 ふう。

 気力も体力も限界だよ。


 弁当の中身も謎だけどさ、そもそも僕のささやかな日常にケチがつき始めたのって、学校をサボって川に行ったことから始まってるよね。


 それだって、一時限目のロングホームルームが終わったらちゃんと学校にはいくつもりだったんだよ?

 遅刻と無断欠席とじゃ、クラスに顔を出すときの気まずさが全然違うからね。


 なのに、どこでどう間違ったのか、猫の親子の救出劇だよ。テレビのいい話特集じゃないんだから。無事だったからよかったものの溺れ死んでたらどうなってた?


 学校じゃバカなことして死んだヤツだって噂されるだろうね。生きてるときは誰も注目しなかったくせに、死んだら僕の名前がキーワードランキング一位になるわけだ。


 テレビなら?

 猫を助けようとした高校生は優しさを称賛されつつ、勇敢さと無謀さは違うとか解説の人が言って、こういう時若者はみずからの安全をおろそかにしがち、みたいなメッセージを伝えるためのネタにされてしまったかもしれない。


「……ほっといてくれ」


 机の上にあったスマホに手を伸ばし、枕を抱えて画面をタップした。

 天気予報を見ると、今日の天気が曇り時々雨に変わっている。


「なんだよ、昨日は晴れるって言ってたのに」


 次に占いのページを開いた。

 てんびん座の今週の占いをタップする。


 総合運。

 運命の出会い。あなたの人生を変えるきっかけを与えてくれる人物がすぐ近くにいるかも?


「なっ!」


 今日出会った正体不明の女、地雷女と名付けた女に追い回されたことを思い出した。


「……そうだ。結局アイツ、どこ行ったんだ?」


 殺すとかなんとか言っておいて、気づいたら姿を消していた。

 大方、中二病をこじらせて妄想に取りつかれた痛いなんだろうけど、コスといい小道具といい気合が入りすぎてたよね。

 ネタにするならあっちにしてくれ。


 まあでも。

 コスプレのイベントなんて行ったことがないけれど、あんなに凄いんだったら一度行ってみてもいいかもしれないな。


 占いの続きを読む前にメールの未読通知に気が付いた。

 アプリを開いてメール一覧を確認すると、宣伝や広告だらけの未読メールの中に「伝え忘れたこと」という連絡メールを発見して慌てて占いページに画面を戻した。


 恋愛運に目を移す。

 意中の相手と関係を結ぶには最良の週、あなたの勇気がきっと運命を変えるでしょう!


 とんでもない!

 意中の相手なら確かにいたさ。

 中学時代から好きだった女の子がね。

 別に珍しくもないよね。


 中学の入学式だった。

 天気は快晴。

 満開の桜が舞い散るなか、僕らは集合写真を撮るために校庭に並んでた。まさに恋に落ちるために用意された舞台装置だったね。僕は隣に並んだ色白の女の子に恋をしてしまったんだ。


 彼女は肩までのサラサラとした髪を携帯のキーホルダーみたいに揺らしながら笑う、魅力的な女の子だった。

 彼女は席が隣だったり、遠く離れたりすることもあったけど、いつも僕の斜め前、朝の授業に差し込む日の光の帯に包まれて座ってた。


 高校の入学式の日、彼女の名前を自分のクラスの名簿に見つけた時は、信じられない幸運に目がくらみそうになった。

 中学の入学式で衝撃的に恋に落ちた興奮がよみがえる。

 同じ中学から僕の通う高校に行った女子は彼女だけみたいだったから、それをネタに思い切って話しかけた。


「知ってる人がいて嬉しい」


 彼女はそう言ってくれた。


 どうしてそんな勇気が持てたのか、今だに信じられないけれど、僕は彼女を遊園地に誘った。ちょうど入園無料券を二枚手に入れていて、それが僕の背中を押してくれたのかもしれない。

 もし彼女にイヤな顔をされたら、クラスのみんなと親睦会なんてどう? なんて、ごまかしていたかもしれない。

 でも信じられないことに、彼女は僕の誘いをオーケーしてくれた。

 他に誰がくるの? なんて聞かれるオチもなしに!


 思い切って好きだって伝えたのは、遊園地から帰るときだった。


 ああ。


 僕は完全に舞い上がっていた。

 夕日に照らされた遊園地の雰囲気と、彼女と過ごせる幸福。

 地に足が着いていないんだから、ハンドルもブレーキもきかなくなることぐらい予想すべきだったのに。


「そういうとき、若者は自らの安全をおろそかにしがちです」


 なるほど。

 テレビの解説者はやっぱり正しいらしい。


 彼女が僕の前から立ち去るときの、少し寂しそうな顔を思い出すと心が痛む。

 好きだなんて伝えず、これからも友達で、と言えばよかったんだ。

 それが僕の、そして周囲の人を不安にさせない安全策ってやつなんだ。


 僕は携帯を放り出し、まとわりつくイヤな記憶から逃げるように頭から布団をかぶって寝てしまった。

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