第12話
帰宅した僕をむかえたのは、家族のいない家といつもの自分の部屋だった。
「なんだったんだ、あれ」
部屋に入ってドアをしめたとたん、なさけないくらい体が震え始める。
地雷女に追い回されたあとの記憶が曖昧なんだ。
覚えてるのはあの子の持ってた銃が凄かったことと、スカートの奥が光ったことくらい。
スカートの奥が光る!?
アニメの自主規制でよくある謎の光じゃあるまいし、そんなこと実際にあるわけないよね。
気付いたら土管の中に倒れてて、電動カートに乗ったおじいさんに起こされなければそのまま暗くなるまで寝てたろうね。
こんなことなら普通に学校に行っておけばよかった。
学校にも面倒なことやイヤなことはあるけど、今日体験したことに比べればずっと平穏な一日だったはずだ。
まあとにかく、僕は無事に家に帰った。
今はそれでいいじゃないか。
いつも通りの自分の部屋。
中学まで壁を埋め尽くしていたアニメのポスターはない。妹にとやかく言われるから高校入学を機にポスターは整理したんだ。もちろん捨てたわけじゃなくて、あくまで一時的な撤退ってだけ。
フィギュアのスペースは本棚の一角ね。
ここには僕の夢がぎゅっと凝縮されてる。
ほとんどは武器を持った美少女キャラクターなんだ。
銃だったり、剣だったり、刀だったり。
持ってる武器はいろいろだけど、たとえ武器なんかなくたって、彼女たちが切り抜けてきたストーリーとか愛すべき性格なんかが、見つめるだけで僕をその世界に連れて行ってくれるんだ。
「やっぱりこの子に似てる、かな?」
僕はフィギュアスペース用のLEDライトをつけて、銃を持った少女のフィギュアを観察した。
たしかに雰囲気は似てるけど、これは安価なプライズ品でディテールも曖昧だし武装も簡素だ。
重武装の正規品は手の届く値段じゃないし、ネットの画像を眺めることしかできないけど……。
いや、待てよ。
「やっぱり……」
ネットで見つけた有名な絵師さんのイラストでようやく分かった。彼女の銃はこれだ。緻密なイラスト自体鳥肌ものなのに、それを正確に再現した実物の感触が手によみがえってくる。
「すっげー」
鳥肌が立ったよ。あの再現性。圧倒的にリアルな質感。
「あの子が持ってたのって開発中の新商品か何かかな。発売するとしたらいくらくらいだろ。絶対買えない値段だろうけど」
僕はすっかり興奮していて、あれが本物同様に人を殺せるかもしれないなんてことは完全に忘れていた。
突然、すぐ隣にある妹の部屋でバタバタという音とともにドアを開ける音がした。
僕は慌ててフィギュアスペースのライトをひとつ消したが、もう片方のスイッチをオフにしたのは妹がノックもせずにドアを開けたのと同時だった。
「お兄ちゃん!」
「なんだ、妹!」
口上もなしに切りかかってきた妹の言葉を僕が受け止める。
妹が何か言おうとして大きく息を吸った。
攻撃を予期して身構える。
「おかえり」
「えっ? おかえり!? ああ、ただいま」
妹の
だが緩急をつけた攻撃に長けた夕実には、決して油断してはならない。
「それで? まだ言うことあるでしょ」
「へ?」
まさか、学校をサボったことがもうバレてる?
それとも『なんとなくあやしい』っていう女の感的なアレで、かまをかけてるとか?
「お弁当どうだった?」
「え……あ! ああ、美味しかったよ」
どうしよう、食べてない。
弁当なんて食べる暇はなかったし、なぜか分からないけど今の今まで空腹なんて感じなかった。
「悪いけど、お兄ちゃんはこれから宿題やらないといけないから、弁当箱はあとで自分で洗っておくよ」
今のは少し不自然だったな。
その証拠に、夕実が不機嫌そうな顔で僕の視線をなぞっている。
イスの上に置いといた僕のバッグを見つけたぞ。
「宿題、宿題っと」
さりげなくバッグを夕実の死角に移動したのを夕実は目ざとく指摘した。
「宿題やるんじゃないの? その中にあるんでしょ?」
「いや、今日のやつは調べものだから」
「ふーん……。そっか!」
夕実はコロリと態度を変えた。
納得してくれたようだ。
よかった。
あとは妹が出て行った後に中身を確認して、味見をしておけば完璧だ。
いきなりだった。
夕実が背筋を伸ばしてつま先立ちになった。
そして公立中学では希少な新体操部に所属する彼女が、天使が散歩でもしているかのような軽やかさで一瞬で僕の前に移動した。
「な、なんだよ!」
「ちょっと聞きたいんだけどー」
夕実がフィギュアコレクションの前に静止して、その中のひとつに手を伸ばす。
「あ、ちょっと」
「これってなんて名前なの?」
さっきまで僕が見ていた武装少女のフィギュアを夕実が持ち上げた。
指先でつまむな。
落とすんじゃないかと不安になる。
「それは。えーっと、なんだったかな」
本当は『重武装アーティファクトシリーズ少女タイプ、エンジェルリング・リリィ』という名前を完璧に暗記していたけど、そんなものをスラスラ口にしたら、妹が兄をどんな目で見るかわかったもんじゃない。
「ええー? でも女の子なんだからー、名前くらいあるでしょー? さっちゃんとかー、みきちゃんとかー?」
「リリィだ!」
「あ! やっぱり名前あったんだ。お兄ちゃんと仲良くしてね、リリィちゃんっ!」
「な!」
「スキあり!」
「あっ……」
「なーに? 私が作ってあげたんだから、片付けも私がやってあげるよ。それともなーに、嫌いなオクラを残したとか?」
オクラなんて入れたのかよ!
と突っ込みたいけど、今そんな反応をしたらフタを開けてもいないってことがバレバレじゃないか。
「その顔! やっぱりオクラ残したんだー」
「ちょっ、待っ」
夕実は弁当箱をきんちゃく袋から取り出してフタを開けたと思ったら、目を丸くして固まってしまった。
終わった。
食べ忘れただけじゃない。
それを隠そうとした一連の行動を、夕実は裏切りと感じただろう。
こんなことなら、最初から正直に言っておけば。
「ごめん、実はさ、弁当を食べる時間が――」
「えらいよ! お兄ちゃん。ちゃんとオクラも食べたんだね」
「……は?」
「なによ、その顔。そんなの当たり前だっていいたいの? もう! いつから食べられるようになったのさ。そういうことは妹にちゃんと報告しなさいよね。めでたいことじゃない」
妹が空っぽになった弁当箱を見せてくる。
おかしい。
僕は食べてないぞ。
「ま、まあな。それから、子供にピーマン食べられて偉いねー、みたいな言い方するな」
「ごめん、ごめん」
妹は全然悪いと思っていない顔で言って、部屋を出ていった。
それにしても、いったい誰が食べたんだ?
夕実は後ろ手に兄の部屋のドアを閉めた。
ゆっくりとそのドアにもたれかかり、震える体をなだめるように深呼吸する。
「はぁー、よかった。お兄ちゃん、ちゃんとご飯食べれるようになったんだ」
嬉しさで止まらなくなった涙を腕で何度もぬぐう。
そして廊下を進んで突き当りの階段を降り始めた。
「よし、明日のお弁当は何にしようかな。また、お兄ちゃんの嫌いなニンジンを入れよう。あっ、ニンジンはちょっと前から食べれるようになったんだっけ。それじゃあ、えっとー……」
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