第11話

「すー、はー、すー、はー」


 さっきから何度も深呼吸してるけど、ドンドンという突き上げるような心臓の音が鳴りやまない。その音が聞こえているかのように、目の前の女の子は僕の胸にそっと手を伸ばして、問いかけるように僕の顔を上目遣いに覗き込む。


「かぁあああ、かわ、かわ」


 僕は思わず手で顔を覆って叫んだ。

 かわいい、カワイイ、可愛い。

 無表情で目の前に座ってるだけで僕の心は飲めや歌えの狂乱状態だっていうのに、なんであざとい仕草とボディタッチまでつけて僕を追い込もうとする?


「心臓と、顔、少し、熱い?」

「ああそうだよ。少しどころじゃないけどね!」

「使い方を教えて――」

「もうわかってるんだろ。僕なんかどうせチョロいよ。扱いやすい男で悪かったね」

「あなたじゃなくて、その銃の」

「……」

「くそっ。くっそー、またヤラれた」


 僕は恥ずかしさを言葉で紛らわそうとしながら、彼女に手渡された銃を乱暴に持ち上げた。


 がっしりとした手ごたえがあるけど、軽い素材でできているのか思ったほど重くない。

 光学式の単眼鏡だと思っていたターゲットスコープの先端はパラボラアンテナみたいなもので塞がれていて、銃を持ち上げて構えると、戦闘機のヘッドアップディスプレイみたいな表示が見えた。

 銃を動かすたびに、蛇のように追従する三つのガンクロスが表示される。熱源に反応しているのか、数百メートル先の木にとまっていた鳥を自動的に拡大してポップアップ表示、ガイドにしたがって銃を動かすとロックオンされ、同時に複数表示されていたガンクロスがひとつに収束していった。


「なんだよ、これ!?」

「なにか、へん?」


 僕の興奮に対して、女の子がのんきな声で反応した。


「いや、何ていうか凄すぎて。これってジャイロセンサーとか熱源センサーとか距離……、っていうか、あの距離のターゲットを手持ちで狙えるってどういうこと?」


 数百メートル先の鳥なんて望遠鏡で覗いたら、ちょっと手が震えただけで視界から消えちゃうよな? 手持ちだぞ、これ。

 そういえばさっきから誰かが銃を支えてくれてる感じがしていた。しくみは分からないけど、銃自体に姿勢を安定させる機能があるのかもしれない。



「もう一度言う、使い方を!」

 夢中になっている僕にしびれを切らしたのだろうか。

 突然、地雷女が目にも止まらぬ早さで銃を取り上げ、回転させて僕に向けた。

 反射的に銃身をつかんで自分から銃口をそらす。


「使い方がわからないんじゃなかったのかよ。それとも、やっぱり僕をだまそうとしたのか?」

 さっきと同じ争いの繰り返しだ。

 しかし腕力はあきらかに僕のほうが上で、単純な力勝負なら彼女に勝ち目はない。


「ちょっ……待てって。何がしたいんだよ、お前は」

「くっ!」


 力なら僕のほうが強い、なんて思ったのは間違いだったかな。なんか彼女の力がどんどん強くなってる気がするんだけど。

 どうやら彼女の腕に巻きついていた外骨格のようなパーツはパワーアシストができるらしい。どう見てもその姿からは想像もつかないような力で僕をねじ伏せようとしてきていた。しなやかな人工の筋肉が震えながら膨張ぼうちょうしていく姿は、まるで彼女がエイリアンにあやつられているみたいだ。

 力が増すごとに彼女の顔は苦痛にゆがんでいる。過剰な力が腕を締め上げ、痛めつけているからだ。


「やめろって、君の腕が折れるよ」

 女の子の目から涙がじわりとあふれだす。

 嗚咽おえつが漏れ、涙が太ももに落ちた。

 それでも力を抜こうとしない彼女は、優位に立とうと片膝を立てて立ち上がる。再びスカートの中の大事な部分が見えそうになると、目を射貫くような光がその部分からあふれ出した。


「なんでそんなとこに目つぶしを……そうか!」


 なんで今まで気付かなかった?

 重武装に反してミニスカートなんて防御力の低いものを着ている理由はこれだよ。男の習性を利用して目つぶしをくらわすという目的のためだ。

「なんで同じワナに!」

 視力を失わないうちにまぶたをしっかりと閉じる。するとぱったりと閃光が止んだ。



「……あ、れ?」


 僕は音のない真っ白な世界にいた。

 目の前には例の女の子が苦痛に顔をゆがめているのだけが見える。

 不思議なことに恐怖心も消えていた。

 僕は彼女のパワーアシスト用のパーツの両端に手を当て、彼女の苦痛を少しでも軽くしてやろうとした。そのせいで銃から手を離したことも、その結果何が起こるかなどもまったく心配せず。ただすべきだと思ったことをしていた――


「なにしてるの? タケル」

 すぐそばに現れた少女が語りかける。

「こ……こはら、さん?」

 髪はつややかな黒のセミロングで制服姿だ。

「自分を守らなくていいの?」

「だって彼女が痛そうだったから」

「自分の命より相手を心配するなんて。やっぱりタケルはやさしいね」

「違う! だって僕は君を、君を救えなかった……」

 黒髪の子が僕の唇に指を当てて言葉を止めた。

「いいのよ、もう……」


 明るさが戻って周囲の景色が見え始めたとき、僕の額にはピタリと銃口が当てられていた。


「どう操作すればお前を殺せる?」

 そう言った彼女の顔は、命令に忠実なマシンみたいだった。


「は、は。そんなこと、教えるわけ……」

 突然、僕の中にある考えが生まれた。思い出したと言ってもいい。

 僕が川にかかる橋から飛び降りたのは、きっと死ぬためだったんだ。

 ありえない姿をした女の子も、信じられないような武器も、全部死にかけてる僕が見てる幻だ。


 お迎えにきてくれたのがこんな可愛い天使でよかった。


 僕はやすらかな顔をしていたと思う。その顔がちょっと気持ち悪かったのかな? 女の子がちょっとひいちゃったような気がする。


 とにかく僕は、一度銃身を握って額から外し、もう片方の手で彼女の手の人差し指をトリガーに誘導した。

「ここを引いて。そうすれば君のお迎え任務は完了だよ、天使さん」


 生まれ変わったら、もっとモテる男になってるといいな。またさんみたいな人に会えるかな? そしたらもう一度告白して、今度こそ絶対に恋人になろう。二人で幸せになって、それから、二人の子供、とか……。


 僕はとても幸せな気分だった。

 もう、目の前の女の子のことなんか目に入らなかった。



 女は銃口をタケルの額にあて、教わった通りトリガーを引こうとした。

 彼女の任務は最初に接触した人類から情報を吸収し、効率よく抹殺する方法を学ぶこと。

 そしてその方法を実行し、成功データをマザーシップに送ること。


 その成功が間近に迫っている。

 トリガーの遊びが終わり、重い感触が指にかかった。

 そして女は気づいた。男の反応がおかしいことを。


「対象の反応に想定外の変化が認められる。分析モジュールを装着」


 女は腰からケーブルのついた電極を伸ばして、小さな針がたくさんついた先端をタケルの頭頂部皮膚表面にあてた。同時に彼女の目の前にディスプレイが浮かび上がる。


「感覚データをダウンロード。解析、進行中。前回の解析時におけるデータとの乖離かいり、さらに大きく」


 無表情な彼女の顔にわずかに焦りの色が浮かぶ。


「前回の分析では、孤独、絶望、死、ぼっちなど、否定的な感覚で占められていた。しかし今は、幸福、生まれ変わり、出会い、恋など、対象にとって快楽に相当する感覚に変化している。気持ち、いい? これは!?」

 女の顔がみるみる赤く染まる。

 彼女が空中に浮かんだディスプレイに映し出された鮮烈な映像を慌てて消去すると、男が幸福を通り越した悦楽に酔い、顔と体をびくびくと振るわせていた。


「これは、繁殖行為!? なに、これ……」

 女は男が握りしめていた銃を汚らわしいもののように慌てて手放すと、勢いよく後ろに跳んで尻もちをついた。荒くなった息を落ち着かせる。


「対象は、死によって繁殖能力を活性化させる恐れがある。再度分析が必要。本部に別端末の分析データ開示を要請。それから――」


 突然、周囲にパーンという銃声のような音が響いた。

 男がビクンと体を震わせて動かなくなる。

 銃を握っていた男の手がゆっくりと開き、銃が地面に落ちた。

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