第9話

 走って逃げている間も、僕はいつ後ろから撃たれるかってひやひやしっぱなしだった。でも信じられないことに、彼女は重そうな武装を身に着けてるっていうのに顔を真っ赤にして走っていたんだ。


 かけっこが苦手な子供がさ、じゃんけんに負けて鬼になっちゃうことあるじゃない。誰も捕まえられなくて半べそかきながら必死に走ってる、みたいなさ。


 可愛そうだとは思ったよ。

 けど彼女は危険な武器を持ってるんだ。改造した花火だかモデルガンだか知らないけど、あんなの持ってる相手に追いかけられたら逃げるしかないじゃないか。


 僕が道路下の土管をくぐって向こうに抜けたとき、うしろでものすごい音と小さな悲鳴が聞こえた。振り返ったらあんのじょうだ。女の子が入り口で倒れてた。


 たぶん土管をくぐろうとして頭をぶつけたんだろうね。

 おでこに赤い血が一筋流れてた。


 助かった。

 最初に思ったのはそれだった。

 とっととこの場から離れようと背を向けたんだけど、彼女が視界から消える瞬間、妙な幻を見た。

 さみしそうな顔して角を曲がっていく女の子の姿だ。

 なんとなくだけど、彼女は僕に引き留めてもらうのを待っていた気がする。


「ああ、もう!」


 しぶしぶだったけど、僕はちょっとだけ様子を見るつもりで彼女に近づいた。

 だって仕方がないじゃないか。

 事故で倒れた女の子を見捨てて救護義務違反とかに問われたらイヤだし。


 彼女は僕が近づいても起きる気配はなかった。


「し、死んでないよね? 呼吸は、してるみたいだ。よかった。もししてなかったら、ま、マウスツーマウス? とかしなきゃいけないとこだった。いや別にしたくないよ。く、唇が可愛いなんて思ってないから。口から目が離せないなんてことはないから!」


 誰が見てるわけでもないのに何を慌ててるんだって?

 そんなのは、実際に妖精みたいな美少女が目の前で無防備に横たわってる姿を見てから言って欲しい。


 近くで見てハッキリわかったよ。

 彼女は完璧なんだ。

 完璧って言っても無機質な美女ってわけじゃなくて、なんというか放っておけないような頼りなさも持っている。

 その証拠に、あれだけ彼女に恐怖してた僕も、いつの間にかペットボトルの水で濡らしたハンカチでもって、彼女の額を拭いてお世話してしまっていた。


「はっ! なんという赤ちゃんパワー」


 彼女が目覚めたときの面倒を思えばさっさと逃げなきゃいけないのに、無事に家に帰るまで見守ってあげたいなんて考えてしまう。


 泣きつかれて寝てしまった赤ちゃんみたいに、濡れて張り付いた髪、まつ毛に浮かぶ涙のしずく、上気して赤く染まった白い顔。


「ダメだ、この子から目を離さないと……」


 深く刺さって抜けなくなった彼女への視線。

 僕は深呼吸して一気に引っこ抜いた。


 気を紛らわすために、彼女が持っていた銃に目をやった。

 彼女の魅力を知ってしまったあとにそんなものを見ても、何も感じないと思っていたけど。


「な、なんだこれ」


 なんとも前衛的なフォルムだ。

 実在の銃みたいな無骨さがないのに、作り物っぽいチープさもない。


 昔のプロペラ戦闘機パイロットが現代の戦闘機を見たらこんな気分になるだろうっていう感覚だった。


「あれ? なんかこれ、うちのフィギュアが持ってた銃に似てない?」


 そう思って改めて見てみると、彼女が身に着けている装備一式が、ぜんぶ見覚えがある気がしてくる。


 あの武装美少女フィギュアシリーズは設定こそあれ原作小説もなければアニメ化とかもされてないから、それほど知名度はないはずだ。


 たしか、エイリアンとの大規模な戦争のあと、治安が悪化した世界で異星人の残党やギャングから身を守るために普及したアンドロイドで、戦闘と家事の両方ができるけど品質にバラつきがあって、どの機体も個性的なポンコツ具合だという設定だったな。


 食糧難で肉がないはずなのにステーキが出てきたと思ったら、実は殺した異星人の肉を食べさせられたオーナーの話とか、自分が戦いたくないばっかりにオーナーに特殊部隊並みの訓練を強いる機体とか。

 ネットでもいろんな面白設定を作ったり、ジオラマやCGムービーを作って発表するのが一部の熱狂的なファンの間で流行はやったりした。


 彼女もそんな世界観に夢中になったファンの一人で、趣味が高じて身も心もあのポンコツ・アンドロイドになってしまったのかもしれない。


 だとしたら、もう同情するしかないけど……。

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