第8話

 あんな美少女に背を向けて逃げるなんて、男として多少の矛盾を感じないではないけれど、とにかく僕は走り続けている。


 通学路の下をくぐって道路わきに出た僕は、橋をくぐってサイクリングロードへ。

 ジョギングしている人たちにまぎれて走っていた。


 後ろばかり気にしてつまづきそうになったとき、僕は前方の異変に気付いた。

 向こうから走ってきた自転車の人が、木の陰に隠れていた何かに驚いてバランスを崩したからだ。


「うそ、だよね? いつの間に先回りしたんだよ?」


 シークレットブーツなんて目じゃないくらいかかとが伸びるあのブーツのせいだろう。直立して遠くを見てるイタチみたいな格好で、あの女の子が木の陰から僕を見つめていた。


 なんというか、健気だ。

 地雷女のやっかいなところは、一見放っておけない魅力を漂わせているところかもしれない。


『待たせたね。ごめん』


 なんて言って、彼女に手を差し伸べる場面を思い浮かべてしまったじゃないか。

 でも足の痛みが彼女はヤバいと訴えかけてくる。

 僕は回れ右して来た道を走った。


 背後の騒ぎで彼女が追いかけてきたとわかったのは三秒ぐらいしてからだ。

 僕は橋の下をくぐって通学ルートの脇を通って走った。

 つまり来た道を逆戻り。

 下校のピークは過ぎてるし、他の生徒に目撃される可能性は少ないと思っていた。



 でもそんな逃亡劇を橋の上から見ているクラスメイトが二人いたなんて、僕は知らなかった。


「あいつ……」


 飯田健也いいだけんやは橋の下をフラフラになりながら走っている同じ学校の制服を来た男子生徒に気づき、つぶやいた。


「なんだ深刻な顔して……、便所か? デカい方か?」


 すぐ横で、健也と同じように制服を着崩した友達が、相棒の変化に気づいて声をかける。


「なあ、あれって新谷あらやだよな?」

「アラヤ? 誰だよ、それ」

「俺の後ろのヤツだよ。窓際一番後ろの席、出席番号一番の新谷タケルだよ」

「お前の後ろ? ああ、そうか。しかし珍しいよな。逆出席番号順って。まあお前みたいな不良を体よく後ろにするためにそうしたんだろうけど」

「ああ? 誰が不良だ? たしかに中学んときいろいろあったけど、そりゃ運が悪かっただけで――」

「そういや、出席番号一番様は、今日欠席してなかったか?」

「話聞けっつの! あ? あいつを追いかけてる、変なのがいるな」

「……ああ、ありゃあ……相当ヤバいぜ」

「なんだよ? 事件でもあったってのか?」

「ああ、事件も事件。大事件さ。見りゃわかんだろ。ありゃあ、宇宙人の女にちょっかい出して追いかけられてんだな。捕まったら解剖されるぜ。くっ、くっ、あいつがあの女を見て変形させたは、切り取られて標本にされっちまう」


 信二は必死に笑いをこらえながら説明した。

 そんな戯言が真実に思えるほど女の格好があまりにもぶっとんでいるので、可笑おかしくてたまらないのだ。


「そりゃ、とんだ事件だな。わははは!」


 二人は、タケルと女が視界から消えるまで、腹を抱えて笑い合った。

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