第38話 無窮のセッション

 それはあり得たかもしれない、作詞家と、作曲家のセッション。


 散ってしまった魂と、薄れゆく魂の意味など無いノスタルジィ。


 女性の言葉は音に乗り、少年の言葉は意思となり、異なる対話として氷河に沈んでいく。



「ねえ……私達はどうして、組もうと思ったんだったのかしらね?」


 ――そんなの単純だったじゃないですか? お互いの才能に、明らかに足りないものがあったからですよ。


「そうだったわねえ……私の曲はそれだけでは全然人に届かなくて、アンタは自分の言葉の使い道に気づいていなかったんだものねえ」


 ――僕は途中で気づいたつもりでしたよ。自分の言葉の使い道に。


「あら、そんなことなら私だって途中で気づいていたわ。自分の曲の使い道には」


 ――でもどうやら、お互いに間違っていたようです。気づくのが遅すぎましたけれど。


「そうらしいわねえ……アンタの言葉に影響されすぎて、私は自分の曲をバカにしすぎちゃったのねえ……」


 ――僕は、貴方の曲を軽んじて、自分の言葉を過信していました。取り返しのつかないことをしてしまった。


「それこそ、お互い様なんじゃないかしら? 私は自分に自信が無くなって、その上でアンタの優しさに耐えきれなくて……それでアンタに曲を託してしまったんだもの」


 ――僕は、自分にしか優しく出来なかったんです。誤解ですよ。


「いいえ、アンタは私に優しかった。私が優しくされるのに慣れていなかったのね。こんなことにならなければ、アンタも冬ちゃんに挑むなんてことしなかったでしょうにね」


 ――どうなんでしょうか。貴方は僕が優しいと言いますが、貴方こそ、出会った時からずっと僕に優しくしてくれました。僕は最後まで、貴方の優しさに甘えていました。


 貴方が死んだ時、僕は本当に悲しかったんです。だけど、あのとき泣くわけにはいかなかった。僕は村を支配する覚悟を決めていましたから。


「うふふ、最後まで、買いかぶるのね……ねえ。アンタを殺した冬ちゃんが憎い?」


 ――いえ、全然。だって冬姉さんですから。


「そうなのよねえ。あの子は冬ちゃんだものねえ。私達の曲を、誰より愛してくれた」


 ――それにあの人は、ギリギリまで、僕達を信じてくれていました。


「間違えたのは私達なのにねえ……裏切ってしまったわねえ」


 ――僕達が、お互いを認め合って、自分を認めるだけで良かったのに。間違ってしまいましたね。裏切ってしまいましたね。


「本当にねえ。どこで間違っちゃったのかしらねえ……」


 ――全く、どこで間違ったのでしょうね……。


「すれ違いというヤツかしらねえ……最初は愉しかったわよねえ? みんな誉めてくれて、歌っているだけで満足だったわ」


 ――ええ、とても愉しかった。貴方の素晴らしい曲に、ぴったりの言葉を当て嵌めて。でも、いつからか、それが不自然に感じるようになっていました。何故なんでしょう? どうしてなんでしょう?


「本当に。何でかしら? どうしてかしら?」

 

 女性の音と少年の意思が重なり、誰にも届かない歌になる。


『出会いは最高で、作ってきた曲も最高で、お互いを愛していて。けれど行き着く場所を間違えて。始まりの場所で歌えればいいんだろうけど、そこにはもう戻れない――』

 

 そのすれ違いの歌は――


 古代の人間であれば、ただ一言の悲劇として表され、すぐにも忘却される事実だったのかもしれない。


 〝私達は音楽性の違いによって解散しました〟


 と、たった一言の宣言で。


 彼らはその上で互いを尊重して、それなりに自分の力を愛して生きていけたのかもしれない。


 そういった文化の在り方が失われた以上、二人の才能は氷の底へと沈んでいくしかない。


 女性と少年の音と言葉を拾える者は、いつの日かまた現れるのかもしれないが、それでも矢張り。


 今はどこまでもどこまでも沈んでいきながら。


 作曲家と作詞家は、互いにしか分からない音と言葉を重ねた。

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