第31話 俺のせいなんだ

 雪が強くなっていた。

 ここ数日はいつも、雪自体よりも風の強さが辛い。


 横殴りの冷たい風に晒されて村の歩道を歩くと、慣れている和久や小町も、真綿で首を絞められるかのように体力を奪われていく。

 冬が一緒に来なかったのは、結果的には正解だったのかもしれない。


 純子の家を後にして、和久と小町は冬に報告をすべきかどうかを話し合っていた。


 今日の様子では冬に門前払いを食らってもおかしくは無いが、純子の様子には放置出来ない不審さを感じた。

 それどころか、純子の精神状態ははっきりと異常だった。


 印象が明瞭でありながら、原因が分からないのが、また不安を煽る。

 懊悩しながら、スケート靴で軽快に先へ先へと進もうとする小町を、和久が小走りで追いかけていると。


 歩道の後方から、びゅうびゅうという風の音にまみれて、


「和久兄ちゃあん!」


 叫ぶ声が、微かに聞こえてきた。


 和久はマフラーを引っ張り、「ぐえー」とくぐもった声を上げる小町を引き留める。


 息を切らせながら追いついてきたのは、先日バイオプラントで出会った少年であった。


「おー。どうしたガキんちょ?」


「父ちゃんが……父ちゃんが……」


 少年は、疲弊と動揺に声をつまらせている。


「あのクソ親父、また仕事サボってるのかよ。しょーがねえな」


 和久が軽い口調ではにかむが、少年は不意に大粒の涙を零し始めた。


「父ちゃんが、エレベータに腕挟まれたんだ!」


 挟まれた、挟まれて。

 少年は連呼した。


 和久も小町も、呼吸が止まりそうになった。


 少年は連呼しながら、その場で地団太を踏み始める。

 完全に我を失っている。


 和久は、その肩を両腕でがっしりと掴んだ。


「おい、落ち着けよガキ。腕を挟まれて、親父はどうなったんだ?」


「右の手、肘から先、無くなった。今、医者が来て看てくれてる」


 片言のように説明する少年の言葉に、和久は言葉を失う。


 小町は弛緩した表情で少年の顔を見て、自分の右手を見つめながら手の平を握ったり、開いたりを繰り返した。

 実感が湧かないのだ。


「……クソったれ」


 和久は少年の背の中空に、憤怒の眼差しを向ける。


 少年は、壊れた機械のように呟き続けた。


「兄ちゃん、俺のせいかな、兄ちゃん、俺のせいなのかなあ、俺が無理矢理、仕事場に向かわせたから」


 ――違う。


 和久は心の中で呻く。


「俺が無理矢理、仕事場なんかに向かわせたから。俺のせいなのかなあ。父ちゃん、血まみれで歌ってたんだ。俺が歌、聴かせてあげなかったからかなあ」


 ――違う。


 和久は心の中で叫ぶ。


「父ちゃん、死ぬのかなあ」


 ――違う。


 口に出してはっきりと発音したい言葉なのに、和久には出せなかった。


「違うよ」


 小町が堪らない顔で囁き、少年を抱きしめた。

 少年は躊躇いながらも、雪まみれの小町の胸に顔をうずめる。


 やがてマフラーに鼻をこすりつけて泣き出した。


「俺のせいだ、俺のせいなんだ」


 繰り返し、泣き続けた。

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