第22話 デスストーカー
それから数日が過ぎた。
小町は、冬に最近の活動を報告するために毒物館を訪れていた。
最近は小町も、郷土史館という正式名称ではなく、毒物館という和久流の通称でこの建物を呼ぶようになっていた。
冬の力や、ここで飼われている動植物の正体を知ってしまった以上、その呼び名の方がしっくり感じる。
回廊を奥へと進んでいくと、冬は館長室ではなく毒性生物を飼う部屋の方にいた。
ケージの扉を開けて、小さなサソリに餌をやっている。
後で訊いた話によると、オブトサソリという種らしい。別名は『デスストーカー』。
気性が荒くて素早く、サソリの中でも最も毒が強いので、絶対に刺激してはいけないとのことだ。
「冬ちゃーん」
愛想よく、小町は呼びかける。
「やっほー小町」
冬も嬉しそうに手を振ってきた。
小町は冬の仕事の邪魔にならないように、自分が怪我をさせた村人が全員完治したこと、仕事や家事を手伝っている家族にずいぶん感謝してもらえたことなどを、辿々しく告げた。
冬は手を止めて黙って頷きながら、小町の話が終わると。
「小町は、許されたよ」
鷹揚な笑みを浮かべて、何事も無かったかのように餌やりを再開した。
小町は胸を撫で下ろす。
ようやくこれで、一人の村人として冬を手伝える。
「今日は和久くん、こっちに来てないの?」
小町が訊くと、冬はサソリの頭を愛おしそうに指で撫でてやってから、ケージを閉めた。
「私は和久の見張り役じゃないんだからね!」
不愉快そうに冬は言う。
「多分、あの人のところじゃない? あの、エディくんって言うお笑い芸人(コメディアン)志望」
どうやら和久は、早くもエディの練習相手をさせられているらしい。
寂しくないの、と小町は訊いてみた。
「はーん?」
冬は大げさに唇を釣り上げてみせる。
「あの毒舌男がいなくて困ることなんて、これっぽっちも無いもん」
小町は反応に困る。
「和久くんは、上手に、その……ボケっていうのが出来てるのかなあ?」
「大丈夫大丈夫。あいつは存在そのものがボケだから」
冬は、小町に一冊の本を見せてきた。
サソリの餌と一緒に持ってきていたようだ。
表紙には『お笑い千年記(ディヴァーナ・コメンディア)』とある。
「それって……?」
「えへへ。借りちゃった。エディくんが読んでた本。これによると、毒舌って結構、重要だったらしいよ」
「へえ。じゃあ、エディさんが和久くんの毒舌に反応してたのは」
「自然な反応だったのかもねー」
それを訊いて、小町は一抹の不安を感じた。
和久の毒舌に影響される形で、またエディの笑いへの情熱がエスカレートすることは無いのだろうか。
進言してみたが、冬は。
「そうなったら殺すだけ」
素っ気なく言う。
「村のみんなに毒舌がうつるのは、絶対に阻止するけどね」
「殺す、かあ……そうならないといいなあ」
小町は、出来ることなら誰の死も見たくない。
それは冬や和久も同様だと信じている。
「和久が気をつけてくれてるから、きっと大丈夫だよ」
冬はほんわかと温かい声で、そう囁いてから。
しまった、という顔で誤魔化すように咳をした。
――何故誤魔化すんだろう。
よく分からないけれど、冬は和久を無条件で信頼していて、それを知られたくないんだな、と小町は思った。
そして小町はまだ、あのバズーカまでをも持ち出したエディが気になっていた。
彼が自覚してしまったあのお笑い(コメディ)という概念、その危険性。
――例えば、子供が真似をしたらどうなるんだろう。
冬は小町の懸念を察して、くすりと笑った。
「意外と心配性なんだね、小町は。エディくんには和久を通して、本の中の、この文だけは絶対に守るように言ってあるからさ。誰かが怪我をすることは無いはずだよ。事故が無い限りはね」
「この文?」
冬は『お笑い千年記(ディヴァーナ・コメンディア)』の一文を引いて、すらすらと滑舌良く、読み上げた。
〝血を見ると視聴者は一気に引いてしまうので、要注意〟
意味はよく分からなかったが。
「愉しかったし、まあいいか」
小町はそういうことにした。
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