第21話 偉大なる相克

 ひとまずのところ。


 冬はギリギリのところでエディを解毒して、彼の話を訊いてみることにした。

 〝お笑い(コメディ)〟という聞きなれない言葉の歴史を、エディは熱心に語った。


 ボケ――

 ふざけたことを言って人を笑わせる役や。


 ツッコミ――

 ボケを制して笑いを促進させる役のことなど。


 そのシステムが古代のお笑い(コメディ)社会においてはスタンダードになっており、その調和の完璧さをエディは〝偉大なる相克〟と呼んでいた。

 ボケとツッコミは基本的に二人組なので、自分にはツッコミの才があると信じたエディは、ボケ役の相方を、村中回って探したらしい。


 だが、ボケ役はそう簡単に見つからなかった。


 その際のツッコミの練習を、和久や小町はただの暴力と据えてしまったのだ。


 エディの家にあったのは、そのお笑い(コメディ)に関する文献であり、小町が赴いた家の子供が読まされた本は、それを元にエディが書いた『ネタ帳』なる物だったらしい。

 相方がいないエディは、ピンネタ――


 ギャグと呼ばれる様々な冗談を一人で演じる役を選び、それで冬を笑わせようと、毒物館を訪れたという。


「冬に笑って欲しかっただけっつーわけかい、ハゲ痩せミイラくんよ」


 和久は心底呆れていたが、エディの表情は大真面目だ。


「他に何があるって言うんだ? 村のみんなに笑ってもらうためには、まず冬さんに笑ってもらわないといけないし。村の長に笑ってもらえないネタなんて、無意味だから。けど、冬さんには僕のネタは一切通じなかった……………………大失敗だ」


「だってさー、何の説明もなくあんなに連発されても怖いだけだしさ……」


 冬は口ごもった。

 笑えない自分が悪いのか、と罪悪感に苛まれているかのようだった。


「見る側が思いもかけない、瞬発的な笑いがいい、と思ったんだけど……」


 エディは残念そうに肩を落とす。


「逆効果でしたねー。そういうもんですよね、うんうん」


 分かったような口振りの小町。


「いや、バズーカなんて持ち出すからだろ、つるっパゲ激痩せミイラくんよ……結果を想像しろよ」


 和久は正論で責めるが、エディは人を傷つけるためにバズーカを持ち出したわけではない。


 山王Z村の村人である限り、道具で人を傷つけることなど想定出来るわけが無いのだ。


 エディの中でのバズーカ砲はあくまで大きな音を出す芸人の道具であり、古代の軍用多目的ロケットランチャーなどという認識は無かった。


「そのバズーカ砲はせんじーに言って解体させとくよ。またこういうことあったら、ややこしいからさあ……」


 冬は疲労感たっぷりだ。


「……で? どうすんだ冬? 殺すのか」


 和久は横目で冬に訊く。


「んー……お笑い(コメディ)ってのが、そんなに危ないものなら、そうすべきかもしれないけど……」


 私、笑っちゃったしなあ。


 冬は恥ずかしそうに囁く。


「まあ、そうだな。ちゃんと見張っておけば大丈夫だろ」


 和久が適当に意見すると、冬は頷いた。


「エディくん。小道具って言うのは私もよく分からないから、とりあえず当面は全部使用禁止。それと、ツッコミって言うのも、もうちょっと抑えて。相手の頭とか胸を直接叩かないで、寸止めにするとか。それでもいい? ダメって言われたら、その――」


 冬はそこでエディの目を見据えた。


「死んでもらうことになっちゃうけど」


 黙って冬の言葉を訊いていたエディは、悔しそうに歯噛みしていた。


「分かった……そうするよ」


 ――そこまで苦渋の決断なのか。


「そんなに気を落とさないでね? 練習には、和久がいつでも付き合うらしいから!」


 冬はきっぱりと、気持ち良さそうに言った。


「何? 本当かい?!」


 エディが顔をあげてカッと目を見開く。

 気合いがみなぎり、たぎり立っていた。


 和久は一瞬、何を言われたのか分からなかった。 


「おい、冬……? 俺が付き合うってどういうことだ?」


「だって、見張っておけばいいって言ったのは和久じゃん。責任取ってよ」


 冬は意地悪そうに、吊り目でニヤついている。


「それはそうだが……お、お前なあ」


 和久が上手い反論が思いつけずにいると、エディは本当に嬉しそうに、


「そうかそうか! いやあ、さっきのツッコミは手応えがあったからな! もしかして理想のボケ役かもしれないね! 和久君、よろしく!」


 和久に握手を求めてきた。仕方なく、和久は苦笑しながらも応じる。


「お~!」


 小町がその場を取り繕うように、ぱちぱちと拍手をしていた。

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