第18話 相克と単騎


 店を出ると、予想通りうっすらと冷たい氷雨が降っていた。

 エディは身体を縮める。


 この寒さの中での氷雨は、横殴りの雪以上に体温を奪っていく。

 特に今、エディが着ているコートやニット帽は、冷水に濡れてしまうと防寒具としての機能の大半を失ってしまう。


 ――せめて水はけの良い、ダウンジャケットにすれば良かった。


 購入したバズーカ砲も、予想以上に重い。

 これはきつかった。


 肩に担いできたが、重さが身体全体にかかって、足が積雪に埋もれ、濡れた雪が靴に染みこんできた。


 本当に古代の人間はこんな物を使用していたのだろうか。

 怪しく思えてきたが、エディは必死に疑念を心から追い払う。


 これだけの重量を抱えて戦った者は、相当の熟慮と誇りを抱いていたに違いない。

 しばらく歩いていると、見覚えのある、同い年ぐらいの少年と通りすがった。


 少年は、必死にして決死の形相でバズーカ砲とナップザックを背負って歩くエディを怪訝に見つめてから、心配そうに話しかけてきた。


「手伝うかい? 腰が死にかけのジジイみてーに曲がりくねってるけど。かなりきついんじゃねーのか」


 奇妙な口調だ、とエディは思ったが、どこが奇妙なのかが分からなかった。


 ――いや、思い出せないのだろうか。


 少年の言葉には、エディの思いの至らぬ意味があるような気がした。

 エディの目指す計画に深い関係がある気もするが、どうしても思い出せない。


 何も答えられないエディの顔を、心配そうに少年は覗き込んできた。


「おい、マジで大丈夫かよ? 顔が真っ青だけどもよ。本当に死体みたいだぞ。元から女みてーな顔したヤサ男なんだからよー」


「……大丈夫だ。ちょっと急いでいて、疲れているだけだから」


「そうか。悪いが俺もちょっと急いでてよ。じゃーな、死にかけジジイ。ああ、それと……エディってヤツ見かけたら、近づかないようにしとけ」


 エディはぎょっとした。


 何か言おうと思ったが、少年は手を振って『よろず屋せんじー』の方へと、あっと言う間に走り去ってしまった。

 少年は今確かに、エディに近づくな、と告げてきた。


 ――計画が漏れたのか?


 エディの胸に強い不安が去来する。


 ――思い出した。


 あの少年は確か和久とか言う、一年ほど前に村の外からやってきた少年だ。


 まさか、〝あれ〟を知っているのだろうか。

 村の外で彼は、〝あれ〟に出会ったことがあるのだろうか。


 そして、エディの計画をばらすつもりだろうか。


 焦慮は豪雪の中の雪だるまのように大きくなっていったが、矢張りあり得ない。


 この山王Z村の外に、〝あれ〟が残っていたとは思えない。


 郷土史館にいる彼女も、村の外には文化など無いと断言していた。

 それが正しいなら、彼が知る由も無い。


 もし知っているのならばすぐにでも相棒になってもらいたい所なのだが、もう行ってしまった。


 ――何か誤解でもされているのだろう。


 エディが考えながら再び歩き出して、しばらく経つと。


「和久くーん? どこですかー」


 道の向こうから少女がやっていた。


 刃が着いた靴を履いて、マフラーとスカートをはためかせ、凄い速さで道の向こうから滑り歩いてきたのだ。

 エディは呆気に取られてしまう。


「あ、綺麗なおにーさん。ここを和久くんが通りませんでしたか? 転んでる間にいなくなっちゃって。濡れた雪は怖いですね、思いもよらず滑るんですよ」


「…………」


 ――いきなり名前と人の居場所を訊かれて、普通、答えられるだろうか。


 お互い面識が無いと言うのに。


「分かりませんか、そうですか。それはごめんなさい、失礼します」


 エディがまだ何も答えていないのに、少女は会話を終了させる。

 そのテンポの早さと会話のズレっぷりに、エディは何か輝くものを感じた。


 和久の言葉とは違う分かりやすさだ。

 滑り去っていこうとする少女に、エディは叫ぶ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君、名前は?」


「はい?」


 少女は急ブレーキで止まり、氷雨を全身で弾く。


「小町です。恩田小町、恩田家の長女で、好きなことはスケート靴で滑ることと、家で植物を育てることです。実は名前をつけています」


「そこまで訊いてないよ」


「そうですか、失礼しました」


 少女こと小町は、ぺこりと頭を下げた。

 愛嬌のある仕草だった。


 エディは直感する。

 これはなかなかに良い。冗長さも利用出来る。


「君、ちょっと話をしてみない?」


「お話? おにーさん、やっぱり和久くんを見たんですか?」


「いや、そうじゃ無くてさ」


「見てないんですか」


「いや、ちょっとだけ君と話をしたいんだ」


「もう行ってもいいですか?」


「ちょっとで終わるから」


「和久くんの話じゃ無いんですか?」


「いいかい、会話というものは少しだけテンポや認識がずれるだけで……」


「急いでるんです」


「いや、それは分かっているけど、少しだけだ。君の天……」


「お願いです、行かせて下さい」


 小町は困った顔で、深々と頭を下げてきた。


 ――駄目か。


 興味を持ってもらえない上に、困らせてしまっては意味が無い。


 カンは良いようだが、こちらの息に合わせることが難しいようだ。

 こちらの言葉が聞こえていない。テンポは良いが、噛み合わなすぎる。


 あまりに対話が重なっていないと、こちらも次の手を繰り出せない。

 相棒としては自分の力量が少なすぎる。


「行っていいでしょうか?」


 訊きながら小町は、じりじりとカニ歩き――


 と言うか足だけ横にした、器用なカニ滑りで先に行こうとしていた。


「……ああ、いいよ」


「ありがとうございます!」


 小町は、びゅーん、と分かりやすい音で風を切りながら、まさに飛ぶように滑り去ってしまった。


 ――何というインパクトだろう。


 惜しい人材だが、仕方ない。


 小町は、〝相克〟ではなく〝単騎〟なのかもしれない。

 孤高の戦士だ。


 それはそれで需要があり、彼らが争う場もあったはずだ。

 やがて小町はエディのライバルになるのかもしれない。


 ――それも良い。願ってもないことだ。


 小町が去った静寂の中を、黙考しながらエディは進む。


 〝あれ〟に出会ってからは、考えてばかりだ。


 古代〝あれ〟の王者になれた者も一年間、毎日考え続けた者だけだ、と言う。


 まだまだ、エディの努力は足りないぐらいだ。

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