第17話 命を賭した覚悟

 ――面倒そうな空模様になってきた。


 エディはニット帽に毛糸のコートを着て、ナップザックを背負い、雪空を見上げて歩いていた。

 先程までは晴れていたのだが、雲が横に、層状に広がってきている。

 

 きり雲と言う、霧雨の前触れの雲だ。


 千藤老人こと、通称せんじーの店はエディの家から西に五分程で辿り着ける。


 エディはその店の常連だ。

 例の本もここで入手した。


 もっとも、千藤本人も本の中身には軽く目を通した程度で、内容については詳しく知らないはずだ。


 千藤は技術者ではあるが、〝あれ〟の技術は工芸の類では無い。


 読んですぐに解析出来るような人間は、エディの憶測ではもうこの村にはいない。


 かつてこの山王Z村を作ったとされる人物だけが、その博覧強記ぶりで、〝あれ〟の素晴らしさを見極めた。

 エディですら何度も蔵書を通読して、初めて〝あれ〟の魅力を理解出来たぐらいなのだ。


 記述が錯綜しているため、分からないことの方が多い。


 古代、〝あれ〟は戦いでもあったと言われる。


 毎月のように、毎年のように〝あれ〟によって得られる名誉と賞金を巡る争いが起こり、敗者は涙した、とエディが読んだ書にはある。


 〝あれ〟の優秀な使い手は、命を賭した覚悟を持つ戦士か、戦術に優れた策略家であった。


 〝あれ〟の技術と戦術は世代によって変わり、世代を受け継いで進化した。


 時には突出し、時には停滞し、変遷を繰り返しながら〝あれ〟の流儀は生まれ、滅び、また生まれた。


 その歴史の中で生まれた、最も洗練された、最も重要なルール――。


 それを〝偉大なる相克〟とエディは呼んでいた。


 相反する二つのスタンスが、短い一つの時間でせめぎ合うことが、倍以上の結果を導く。


 エディが最も愛し、蘇らせようとしたものこそ、その〝偉大なる相克〟である。


 それを一人で為すことは、本来的には不可能なことなのだが、エディには結局相棒を見つけられなかった。

 残念至極なことだが、どうしようも無かった。


 今考えている計画の遂行には間に合わないかもしれないが、そちらも諦める気はエディには無い。


 実績さえ残し、あれの威力を示すことが出来てからでもいい。


 〝あれ〟には、神と呼ばれた存在すらいたらしいのだ。


 必ずや、その神は自分の力になってくれるだろう、とエディは信じていた。

 

 そんな考えを巡らせている内に、エディは店の前に辿り着いていた。


 肝心の店の構えは、鈍色にくすんだ煉瓦造りのこぢんまりとした一階建てだ。


 適当な鉄板でこしらえた建物より更にくすんだ鈍色の看板には、万年のざらめ雪がこびりついて残っている。

 それでも今日は、はっきりと『よろず屋せんじー』の文字が見てとれた。


 錆びた音を出すドアを開き、エディは店内に入る。

 重いカウベルの音が鳴り響いた。


 ――この音も取り入れられるだろうか。


「あいよー」


 店の奥から、店主の千藤がのそのそと現れた。


 年は取っているが、千藤は眼光も力強く頭脳も衰えていない。


 彼を誘うのもアリか――


 一瞬迷いながらも、採用は難しいとエディは結論づけた。


 〝あれ〟には世代的な才能が必要不可欠なのだ。

 千藤とエディではさすがに、年齢が離れすぎている。


 それはそれで好々爺然とした彼の力を発揮してくれるのかもしれないが、目指すものとは若干ずれる。


「おほぅ、お前さんかい。エディくんだったの」


 常連客を見つけて、千藤の穏和な顔がゆるんだ。


「はい、千藤さん! また売り物を見せてもらいに来ました」


 努めて明るく、エディは答えた。

 相棒が見つからない悲壮感など伝わらないだろう。


「本はあるだけ売ったはずだがの。例の道具は出来たのかの?」


 エディは不敵に笑い、頷いた。


 千藤が言っているのは、数日前にエディが作った道具のことだろう。

 一つは計画に用いるために文献を見ながら手探りで作ってみたが、すぐに壊れてしまった。


 強度面で脆さが出てしまったのか、エディの使い方が悪かったのかは分からない。

 外見の歪なまでの巨大さと音の大きさを気に入って、エディは酷使しすぎてしまっていた。


 しかしこの道具の材料はすぐにでも手に入るので、いくらでも量産出来た。

 実は今もナップザックに一つ収納してあるので、いつでも取り出して使用出来る。


 ――本当ならば、こんな脆い材料で作る物では無いのだろうか? 


 エディはその場で思い悩む。

 強度やインパクトの大きさを想定して、もっと丈夫な素材で作るべきなのかもしれない。


 例えば、鉄だ。


 まあ、それは今日はいい。

 この後の予定を考えて、エディは実用的で、すぐにでも使用出来る道具を求めてやってきたのだ。


「千藤さん、この前来た時に店頭にあった、あの大筒みたいな土木工事用の道具――あれって、まだありますかね?」


「ん? ああ、あれなら店の奥に置いてあるが――あんな物をどうするのかの? 君のような若者が使うような道具では無いと思うがの」


 もの問いたげに、千藤は眼を細めた。


「それにあれは、使い方が難しいぞ。本来は工事用の道具ですら無いらしいからの。不用意に使うことは薦めんなあ」


「いえ、いい使い道を思いついたんですよ、はははは」


 エディは怪しまれぬように、快活に笑った。

 千藤が語る通り、その道具は扱いが難しいはずだ。


 〝あれ〟が最も加熱した時代に使われた、というのも頷ける。

 並大抵の力量で使えば、自分の身を滅ぼすことにもなったのだろう。


 伝説の一部に記述されるのみだが、その描写は壮絶かつ爽快だった。


「金は用意してあります。大丈夫、千藤さんの心配するような使い方はしませんよ」


 千藤は答えあぐねながら、


「ふうむ。しかし、あの道具は矢張り特別でな。買った者がどのような使い方をするか、報告せねばならんのじゃよ。郷土史館の――あの子にの」


 と、含みのある言い方をした。


「分かってますって。実は、これから郷土史館に寄るつもりなんですよ。僕から彼女に報告しても構いませんか……?」


 エディは、懇願するように言った。緊張に声が上擦ってしまう。


 こればかりは譲れない。


 相手に計画を知らせないからこそ、最大の効果と最良の結果が望める。


 千藤は、獲物を観察する肉食獣のような眼でエディを見据えていたが。


「……まあ、良いじゃろ。お前さんほど手先が器用なら、上手く扱えるかもしれんしな。待っておれ」


 笑いながら店の奥に引っ込み、エディの求める品を担いで持ってきた。


「おお……」


 威風堂々たるその姿に、思わずエディは感嘆の声を漏らす。


「これがご所望のバズーカ砲じゃ」


 どすん、と千藤はその大筒――


 古代における正式名称は『SMAW(肩撃ち式多目的ロケットランチャー)』――を床に置いた。

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