第4話 調査

 昼と言うには暗すぎる灰色の空の下、しんしんと際限なく降る純白の結晶体。


 和久は冬を連れて、交通事故が起きたという現場の歩道に来ていた。

 毛皮のコートを着た彼女はフードを被っており、緑色の前髪がおでこから触覚のようにはみ出ている。


 アスファルトの歩道には、重く湿った雪がじっくりと積もり始めていた。

 前日に雪かきをしたのだろう、積雪量はさほどでもない。


 和久が家を出た時より、ほんの少し降りが強くなっているようだ。

 人の通りも無い。

 あまり長居は出来ないので、和久は少々気が逸っていた。


「最初の事件はここだってよ。農作業から帰ったおっちゃんが背中からぶつかられて、つんのめったっつー……」


「事件じゃなくて事故でしょ、まだ今のところは」


 冬が面倒そうに訂正する。


 和久はブーツの底で、蹴り飛ばすように雪を払いのけた。


 凍結した路面が露出していて、踏みしめると非常に固い。

 村の歩道の雪は大体この『しまり雪』と呼ばれる、氷の粒が固まった積雪の状態である。

 その表面に真っ直ぐ、対になった轍が出来ていた。


 右、左、右、左。


 人の歩行と同じ順に、しかしその間隔が異様に大きく、綺麗に細長い。


 冬はその側にしゃがみ込んで。


「〝飛んで歩く人間〟の、足跡――かな」


 国語的に、矛盾した推測を呟いた。

 和久も隣にしゃがみ込み、じっと観察する。


「まあ、実際に飛んでるわけじゃないだろな、やっぱり……」 


 和久が考え込んでいると、冬のコートの胸元からバジルが這い出てきた。

 轍の上に降りてにょろにょろと進み、ご機嫌そうに舌を出している。

 その様子が妙に和んで、微笑ましい。


「あはは。バジルが気に入ってる」


「……蛇の分際で、生意気な」


 バジルは寒さに強く、氷の上で滑るのが好きという、蛇らしからぬ習性というか趣味がある。


「和久はこの轍を何だと思う? 車輪の跡ではないよね。当然だけどさ」


「うーん……似ているとしたら、昔使ったことがある犬ゾリだな」


「犬ゾリ? 村の外で見たの?」


 前髪に付いた灰のような雪を払いながら、冬は訊いてきた。


「ああ。だけど犬ゾリならこう……轍は左右、同じ間隔で付くな。この轍は丁度人間が歩いたように、交互に付いてる。ヨダレ垂らした犬っころに牽かれた様子も無い」


「なるほどねー。何かの道具を使って付けられた跡ではありそうだね。なら、手がかりはあるかも」


「お? 足りない頭で何か思いついたか、緑ブス?」


 感心している和久に何も答えず、冬はバジルに手を差し延べた。

 するするとバジルは冬の腕に巻き付いて登り、再び冬の胸元へ潜り込む。

 ぬくぬくと幸せそうに、顔だけ出している。


 無視された和久は肩をすくめて、轍を見つめ返す。


「それにしてもなんつーか、この足跡――愉しそうに見えるな」


 言われてみればその轍は力強く、進む方向に迷いが無い。

 ひたすら前へと進んでいる。


 確かに活き活きとしているね、と冬が言った。

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