第75話 旅立ち

 一瞬の浮遊感。


 手をついていた、木の床が、土に変わったのが分かった。


 頬に当たる冷たい風。

 恐る恐る目を開けると、山脈のふもと。

 周りを見回す。

 ここは? 魔の領域。


 たしか、そのはずだが。

 すぐわきに、大きな建物が立ち。

 その横に、静かにほほ笑む。

 女性が一人、佇んでいる。


 皆が不意に、光に包まれる。

 その瞬間。体の不調が、霧散した。

「これは、聖魔法?」


「大丈夫ですか? まずは、温泉にでも浸かって。ゆっくりしてください。どうぞこちらへ」

 誘(いざな)われるままに、従いぞろぞろと付いて行(ゆ)く。


 すると、大きな建物の間に、通路を挟んで、小さな建物がある。

 表に『男』『女』の文字がある。


「ここは?」

「温泉ですが。皆さんはそうですね。もう何日も何も食べてない様子。少しお待ちください」

 そう言って、どこかへ行ってしまった。

 少しすると、先ほどの男を連れてきた。


「あつし。この人たち、何日も食べていないみたいなの」

 そうか。そうだな。


 そう言って、考え込み。謎の言葉を発する。

「ミルクたっぷりで、ミルクポタージュで良いか。座るところとテーブルが居るな」

 そう言うと、通路脇にテーブルと椅子が出てきて、その上には鍋が一つ。


「みんな座ってくれ」

 その声に従い。おずおずと、みんなが座る。

 カップに一杯ずつ、白いスープが注がれて、目の前に置かれる。スプーンを受け取り、

「ゆっくりと、食べてくれ」

 その声を、聴くや否や、皆が口に含む。


 その液体は、とても豊潤で、どろりとして熱かった。

 飲み込むと、体全体にしみわたっていく。

 子供たちも、私も目を見開いてしまった。

 濃厚で、とてもうまい。


 もう一杯ずつ、皆が頂き。先ほどの温泉の入浴の注意を受けた。

 なぜか、3回体を洗えと、念を押された。


 中に入ると、湯船があり。そこには、なみなみと湯が張られ、こぼれていた。

「なんと」

 湯は、上級役職の方々が、身を清めるために、使われるもの。


 私は、当然。入ったことなど無い。


 子供たちは、壁に向かい管から流れ出るお湯を桶に汲み取り、ナイロンタオルやスポンジなるもので、体を泡だらけにして洗っていた。


 3度洗った者から、足、少しして、半身。そして肩まで。順にお湯につかっていく。


 ハッとして、私もお湯をかぶり。

 頭用と書かれた液体を少し取り、ガシガシと洗う。


 うっ目に染みる。

 これはいかん。手探りでお湯を探して頭からかぶる。

 その後体を洗い。

 それを3度、繰り返した。


 そして初めて入った湯は、とても気持ちがいいもので、何もかも洗い流される感じがした。最初は、少し熱く感じたが、すぐにそれは心地よく。心までもが安らかになるようだった。まるで、話に聞いた神の国とは、このことかと感じた。


 あまり浸かりすぎると、よくないと言われていたので、脱衣所なるところに出てきて、バスタオルという。とんでもなく高価そうな布で体をふく。

 そして、下着や服の新しいものを身に着けていく。ごわごわしない。

 この服も、ものすごく高級なものではないか? そんな考えが頭に浮かぶ。


 そして。子供たちが頂いていた、牛乳なる物を、腰に手をあて一気に飲む。

 今は体に悪いから、ぬるいものと言われていたが。うまい。


 そして風の出る箱の前で、少し涼み。外へ出る。


 外には、案内の方が居て、その方のそばで皆を待つ。


 少しして、修道女の二人も出てきたが、思わず見ほれるほど、何か雰囲気が違った。


 その後、野菜などを煮込んだものや、豚汁なる、一見泥水のようだが、芳醇な煮物を頂いて、宿舎へと向かう。両脇の大きな建物が宿舎だった。


 次の日。この先何がしたいのか聞かれたが、女神を祈るのは禁ずると念押しをされた。

 その後、教会では堕落の民と呼ばれていた、者たちがつくった町へ行くと告げられる。

 そこでやっと、強固に女神を祈るのは禁ずると、言われたのかと納得をする。


 ソレムニティーの王都にて、私たちは、孤児院というものの運営につかせてもらった。

 信仰のない街はどんなものだろうと思ったが、人々は幸せそうで活気にあふれ、良い街だった。


 それに、多少の身分差はあるようだが、聖都のようなひどいモノではなく。

 今までがおかしかったのだと、思えるまで、時間はかからなかった。


 いま、元修道女の、リリーとマリーに求婚されて、少し困っているが、私は幸せだ。




「さて。もう君たちで最後だ。体の具合はどうだね」

「体全体を、犯していた病気も、すっかり良くなりました」


 彼女たちは、口減らしのため。

 村から町の商家へ勤めに出されたが、ひどい主で。

 客を取らされ、病気になったまま。

 庭の一角に建つ、小屋に押し込まれていた。


 見つけたときには、命がない者かと思ったが、生きていた。


 あわてて、みちよを呼び寄せ。

 治療をした。

 ただ体力がなく、欠損部位などを、すぐに治せず長期療養となった。

 精神的なものも含め、ケアできたと思う。


 社会復帰を含め、ソレムニティー側で訓練だ。



 彼女たちを送り届け、宿舎や温泉を片付ける。

 元の隠れ家のみ残す。



「よし終わったな。明日にでも挨拶をして、ランパスの超古代の文明跡の探査へと出発しようか」


 みちよと手を繋いで、家に入り。今日は二人でゆっくりする予定だ。だが、どこかでフェンの遠吠えが、聞こえる気がする……。

 

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