第65話 夢の場所?

 山脈と魔の樹海の境界。

 昔から、近付いてはいけない。

 禁忌の場所。

 

 そこに建つ一軒の家。そして、大きな獣。

 それを従える、男と美女。


 見入っていると。また家から、美女が出てきた。

 先ほどの人は白い髪だったが、今度は黒髪。

 またもや嬉しそうに、獣に近づき頭をなでる。


 その黒髪の美女が、こちらを向く。

「私は治療ができます。けが人や病人は、こちらへどうぞ。後お疲れでしょう、裏手に温泉と言う。お風呂があります。男性は外のお風呂へ。女性は中のお風呂にどうぞ。疲れが取れますよ」

 そう、にこやかに言った。


 言われたように、裏へ回ると、湯気の上がる池が有った。

 また別の、美人さんが立っていた。


「先にかけ湯をして。この石鹸で体を洗ってください。あっ。ちょっとお待ちください」

 と言って、駆けて行ってしまった。


 わずかな時間で、先ほどの男を連れてくる。

 タオルと言う変わった手触りの布と、スポンジと言う四角い物をたくさん持って来た。


 それと、大きめの湯上りタオルと言う。

 何とも言えない手触りの布も、大量に持って来た。

 さらに、わしらに着替えだと言う服も。

 ……それも、上等なものだ。


 言われた通りに、体を洗ったが。

 男にもう一回。もう一回と。

 都合3回。体を洗わされて、やっと池へ入る。

 初めてお湯につかったが、心地よく疲れが抜けるようだった。

 周りのみんなも、呆けた顔をしている。


 ほかの奴らも。

 必ず3回洗ってから、湯に入れと言われた。



 女性側。

 家に入らせてもらい。風呂場? には、一回に10人程度までしか入れないと言われる。

 入れない者たちは、床や外で座らせてもらう。


 けが人や病人は、列になって治療を受けている。

 怪我をして、腐りかかっていた足や手が、あっという間に治って行く。

 教会の治療師にだって、あんなのは無理だ。

 普通。腐りだしたら、切るのが当たり前。

 それで生き残れるかは、半分半分なのに。

 ……熱が引かなければ、死んでしまう。


 そんなことで驚いていたら。

 ずいぶん前に手や指を無くした者たちの、無くなっていた部分が生えていた。

 ……これはもう。人間の技じゃない。

 治療師さんに聞いたことがある。

 失ってしまえば、どんなに高価な薬でも、どんなに高位の魔法でも。

 復活は ……無理だと。


 この人たちは、本当に人間なの?


 ふと、近くでじゃれ合っている大きな魔物。

 ……あれは、神獣のフェンリルではないのかしら? 大きな狼型の白い毛。

 いつか吟遊詩人の語っていた。

 物語に出てきたのは、まさに目の前の獣たちでは?


 では、神獣を従えて。

 魔の樹海に平然と棲んでいる。

 この方たちは、一体?



 お風呂というものに初めて入った。


 汚れているからと、3回も洗わされたのはびっくりしたけれど、少し熱めのお湯につかり手足を伸ばす。

 体中から、疲れやこわばりが抜けていく。

 もっとゆっくりしたかったけれど、後に控えているから、そこそこで出た。


 そこで使わせてもらったタオル? 柔らかくていい匂いがして、気持ちがよかった。


 服も新しい物を。

 一人一人にくれた。

 それがまた、柔らかくてごわごわしない服。


 新しい服は、普通しばらくはごわごわしていて、縫った所がすれて赤くなったりする物なのに。

 この服は、軽くて暖かく柔らかい。



「やっと、終わったわ」

「おつかれ。魔力量はどうだ?」

「まだ。大丈夫そう」


「なら、軽い股ずれとかを見てしまった。それに生活環境が悪そうだから、寄生虫とかも持っているかもな。浄化と治療だったっけ。あれを、もう全員にかけてくれ」

「そうね。それがいいかも。浄化。アンド、キュア」


「キュア?」

「魔法っぽいでしょ」

 そう言って、笑う。


「あー。まあいい。炊き出し、何にしようか?」


「慣れていそうな。豚汁と寄せ鍋?」

「鍋か。確かに。そうしよう。竈で鍋を2種類ずつ置いて、周りに丸太を椅子にしてもらおう。湯冷めするとあれだから、簡易で屋根と。壁下側から風が吹き込むから内側の手前に隙間を開けて、ちょっと高い壁。天井にも隙間。竈を25だと4人で百。5列5列で作って、クリエイト」


 横で見ているみちよが、口をあんぐり開けている。キャラメルを構築して放り込む。

「ありがとう。でもちょっと見ないうちに。もう、無茶苦茶ね。魔法が魔法だわ」

「よく分からんが、誉め言葉ならありがとう」


 お風呂で、あったまり。外へ出てきて、あたし奇跡を見ちゃったの。何もなかったところに建物が突然できた。ぱあーって光が集まって、すごかった。



「腹が減っているなら。こっちへ来てくれ」

 呼ぶ声が聞こえたので、声のした方へ、ぞろぞろ向かう。

 そこには、さっき来た時にはなかった。大きな建物が建っていた。


「なんじゃこれは? さっきまで、こんな物なかったよな」

 そんな声があちこちから聞こえる。


 声の主が、建物の入り口で呼んでいる。

 ぞろぞろと中へ入ると、大量の竈があった。


「竈一つに鍋は2種類。中身は全部同じだ。家族なり知り合いで、4人位ずつ座ってくれ。あっ、テーブルが必要だな」

 男が手をあげると、丸太の脇に、少し高めの丸太が生えてきた。


 その上に、空の木の器とコップとスプーンが突然現れた。そして幾カ所かに、テーブルが現れ。水差しが出てきた。


「その水差しの水は、そのまま飲めるから、利用してくれ」


 席が埋まった所から、竈の中に、突然火が付き始めた。


「さすがに、まだすぐには煮えないから、水でも飲んで、ゆっくりしてくれ」


 水差しに水を取りに行くと、中に氷が浮かんでいた。こんな時期にどうして?

 そして水はうまかった。風呂というものであったまった体に、染み渡る。3回もお代わりをしてしまった。


 見ていると皆同じようだ。

 おもわず笑いが出る。

 笑ったのは、いつぶりだろう。

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