第64話 聖国は滅亡に臨む

 結局。聖都首脳部は、侵攻の続行を決めた。


 それまでの供出により、すでに農民たちには、種さえ残されず。

 今回は、さらに育ち切っていない野菜まで、引き抜かれていった。


 断れば信仰が薄いと、家族もろとも罰を受ける。

 そして生きていけない農民たちは、決意し人知れず姿を消していく。


 あるところでは、誰も入っていない墓が多数作られ。

 あるところでは、盗賊に襲われたように村が焼かれ。

 住民は消えた。……目指すは最後の砦。

 ソレムニティー。教会に言わせると、堕落の民が集う街。



 ある者たちは、堕落の民が集う街を目指し。

 魔物の領域と呼ばれる。

 樹海と山脈の境界を必死で歩く。

 ここには、トレントや獣種と呼ばれる、獣が魔物化した生き物が、大量に存在しており、教会の精鋭ですら。

 訓練でも、絶対に足を踏み入れない。


 だが。3日たっても魔物は現れず、ゆっくりだが獣を狩りながら歩みを進めていく。

 そして、10数日も経った頃。

 一つの家を発見する。

 農民たちは、こんな所に建つ家を警戒する。

 そっと身を伏せながら、様子を窺う。


 その時、背後から近づく者に、気が付かなかった。


〈どう見てもヒューマンだが。死にかかっているね。どうしよう?〉

〈お母さんか、主に聞いてみよう〉

〈そうか。そうだよね〉


 そう。この家を中心にして、魔物を狩りつくしたのは、子フェンリル。

〈主様。聞こえますか?〉

〈ああ。聞こえるぞ。久しぶりだな。元気か?〉

〈はい。みんな元気です〉


〈どうした? 何か変わった事でも、あったのか?〉

〈はい。家の近くに、大勢のヒューマンが来ています〉

〈教会の連中か?〉

〈すいません。教会の連中が、どんなのかわかりません〉

 それもそうだな。子フェンリルに判断しろというのは、無理があったな。


〈どんな、格好をしている?〉

〈すごく、汚くて臭いです〉

〈主。まずそう〉


〈分かった。そちらに行こう〉

 とりあえず、食い詰めた。農民だろう。


「おおい。ちょっとヒューマン側の拠点へ行こう。子フェンリルたちが、連絡してきて。家の近くに、大量の農民たちが来ているようだ」


 病気やケガもあるかもしれんな。炊き出しも必要か。

 皆で行った方が、よさそうだ。


「みちよとフェン。行くぞ。それと坂下さんも、手が空いているなら、手伝ってくれ。一緒に行こう」

「はい」

「じゃあ。一応手を繋いで、転移」


 景色が変わり、拠点へ。家の中に到着した。

 さすがに、埃が積もっているな。

「掃除をしなきゃ。だめだな」


「ここは、あれ?」

 造りが一緒だから、坂下さんがパニックを起こしているな。

「ああ。ここは、ヒューマン領の俺たちの拠点だ。作りは一緒だがね。ここが最初の家だよ。新たに作った所も、落ち着けるように同じ作りにしたんだ。さてと多いな100人近くいるぞ。とりあえず話をして、連れて来るよ」


「掃除をしておくわ」

「頼む」


「主。一緒に行こうか?」

「子供たちもいるから、大丈夫だろう」

「そうか。なら私も、こちらの事をしよう」


 そう言って、家のドアを開け外に出る。



「おい。誰か住んでいるようだ。おい誰か、話をしに行くか。少しでも何か恵んでくれるかもしれん」

「教会の者だったら、どうする?」

「教会の者には見えん。大体こんなとこに住んでいるなら、訳アリ者じゃろう」

「それもそうか。行ってみよう。けが人もいるしな」

 話がまとまり、ぞろぞろと移動をしていく。


「あんたたち、どこから来たんだ」

 とりあえず。声をかけてみる。


「いや、そのな」

 あーしまった。まさか村を放棄して、逃げてきたとは言えん。どうしよう。


 ああそうか、言いにくいよな。あれか? 教会が兵糧をかき集めるので、食えなくなったか。

「もしかして、ソレムニティーにでも行くのか? まだまだ遠いから。休んでいくか?」


「おお。ありがたい」

 と言ったものの、逃げ出す者たちの見張りか? 教会関係者? 何もなくこんな所に住んでいるなんてどう考えてもおかしい。


「あんたは、何でこんな所に、住んでいるんだ?」


「あーいや。ちょっと教会に追われていてね。ここで見たことは、黙っていてくれると助かる。それに見た所。けが人もいるようじゃないか。大したもてなしは出来んが、ついてくればいい」

 そう言うと、男は、我々に背を向けて、歩き始めた。

 何かあっても、こっちは人数が多いんだ。何とでもなる。


「寄らせてもらおう」

 と、言ってついて行く。

 さすがに、家の大きさを考えても。皆は入れまい。だが、少しだけでも、ゆっくりしたい。


 歩いて行く男に向かい、大きな獣が3匹向かっていく。

 それを見て声をあげようとしたが、声が出なかった。

 声をあげて、こちらに来ても困る。


 そんなことを考え見ていたが、大きな獣は、男にすり寄って行った。

 頭を体にすりつけ。どう見ても、じゃれつく犬だ。

 皆声が出なかった。

 あの男は、本当に人なのか?



 子フェンリルが来たせいか。

 みんなの歩みが、止まってしまった。

「ああ。こいつらは、慣れているので大丈夫ですよ。襲ったりしません」


 その言葉を聞いて、みんな歩き始める。


 家の中から、もう一人。えらく美人の人が出てきた。

 さっきの獣たちが、おとなしく前に座り込んで尻尾を振っている。


 その様子を、女の人はただ、にこやかに見ている。

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