第55話 勇者です。誰だよこんなことを考えたのは。

「……」


 周りの兵士は、誰一人しゃべらない。

 ……いや。しゃべる力もなくなっている。


 クオーレルに来て、早10年。

 

 ……嘘です。



 こっちへ来て、一月だけど。

 もう10年くらい。同じことをしている気がするんだよ。


 気を抜いたころに、こまごました罠が仕掛けらる。


 それを探すため、横並びの突っつき隊が先頭を歩き、その後を、ひたすらみんながついて行く。


 ところがある所では、突っつき隊が通り過ぎ、ある程度の人数が乗った所で、崩落する罠もあって、探査に、より時間がかかっている。


 昨日だったか。

 村が一つあったが、井戸にも注意書きが書かれたうえで、毒が入れられていた。当然村のあちらこちらには罠があり、けが人が続出。


 家の中へ入ると、正面に上を見ろと立て看板があり、素直な兵士は上を見てしまった。すると足元が崩れ2mほど落下。これだけのために、魔道具が使われている。


 ほかにも、立て看板に右を見ろと書かれ右を見ると、左を見ろと書かれ、左を見ると上を見ろと書かれ、上を見るときょろきょろするんじゃないと書かれていて、精神が壊された兵もいた。


 いやまあ。普段ならそのくらいと思うが、ずっと続く緊張。実は夜間にも謎の火の玉が飛んだり、けたたましい目覚まし時計のベルが鳴り響いたり。

 ……もうね。


 目覚ましの音なんか、俺は聞き覚えがあるからいいんだけれど。

 ミスルールのヒューマン達は、初めて聞く音だ。そりゃもう大騒ぎ……。


 それでいて、部隊の上層部は自分たちは何もせず。遅いだの仕事をしろだの叱責が兵に向かう。まあ、心も折れるよ。


 そういや、微妙な嫌がらせもあって、兵糧の荷車だけを壊されるんだよね。

 話を聞くと、白アリが集ってくると言っていたけれど。虫使いとかが、居るんだろうか?



 はあー……。

 これを考えた奴は、どれだけひねくれているんだ。嫌がらせに命をかけているんじゃないか?



 実はこの作戦。

 獣人族王都の、住人総出でお祭りとしての中の行事として、発案と実行をされていた。

 ヒューマン達がこちらに来ている情報が出たときから、一般公募され、その中で使えそうで、後々生活への復旧において、復旧しやすいものを採用していき。採用者には金一封が出されていた。


 なお、ヒューマン軍の様子は、魔道具により王都の広場に投影されていた。

 王都では、完全に娯楽として定着し始めていた。



「おい。一月もたつのにまだあんな所かよ。早く川まで来てくれないと、俺の罠が無駄になっちまうぜ」

「そうだな。俺の罠も、森の中用だから魔道具に映らない。残念だぜ」

「まあいいや。賞金が出たから飲むぜ」

「ああ。そうだな」


 この広場前の屋台は、旧市場で仕事をなくしていた店主たちの救済でもあった。

 これにより、旧市場は完全に消滅をした。



 逃げ出した、賢者。

 坂下 妙子(さかした たえこ)は、木の実をかじり、水たまりの水をすすりながら、何とか森を突っ切り、たどり着いたのがあつし達の拠点であった。


 外から呼びかけても返事はなく、ドアは簡単な回転型閂で閉じられていただけなので中に入る。中でみちよ達が残していた、服を見つけ着ようとしたが、自分の状態を確認し、先ほど見つけた風呂場へ行く。


 疲れていた体に、温泉のお湯が優しい。

 違和感なく使っていたが、ふと、石鹸やシャンプー。リンスがあることに気が付く……。

 これって地球の? 確かにシャンプーとかは、入れ物が水差しだが、香りが嗅いだことのある匂い。

 こちらでは、全身をドロッとした変な匂いの石鹸で洗っていた。髪の毛なんか当然キシキシのゴワゴワだった。


 久しぶりの香りに包まれて。

 ふと、自分の首に隷属の首輪が無くなっていることに気が付く。

 いつ無くなったのかは、気が付かなかった。

 たえこは安堵しながら、のろのろと湯船から出て、すぐ脇にあるドアに気が付く。


 こちらも、回転式の閂で開けて中へ入る。

 中にも風呂があり、その奥に続くドアがあった。

 その中に入ると、脱衣所でバスタオルを発見。

 そう、パイル地のバスタオル。


 たえこはそれを手に取り、抱えると。

 体も拭かず、気が付けば、ただ一人。

 静かに泣いていた。


 それから、思い出したように体をふき。

 さらにその奥へ続くドアを開ける。すると、先ほどのリビングに出た。

 ぼそっとお借りしますと言って、服をまとい、先ほど見つけていた干し肉をあぶり。かじりつく。水道は魔道具で、手を乗せると水が出た。


 やっと冷静になり、ふと周りを見渡す。

 台所も対面型のオープンキッチン。

 慣れ親しんでいたせいで、特に気にしなかったが、ありえない。

 ここは地球じゃない。

 

 さっき干し肉を炙るために、使ったコンロも魔道具だが、よく見た3つ口のコンロ。やっと、それに気が付き疑問が一気に噴出する。


 ここはいったい? 台所の引きだしの中には見慣れた箸やフォーク。ナイフ、スプーン。


 その下を開くと瓶に入れられた乾燥パスタ。……各所に地球の、見慣れた文化の痕跡がある。


 背面の棚の中に、コーヒーミルや豆。ドリッパーなどを見つけ、湯を沸かし。初めて使うミルで、豆を挽き。取っ手の付いた布製のフィルターに、豆を入れお湯をかける。


 久しぶりの香りが、鼻腔に広がる。


 それを眺めながら、また、自分が泣いていることに気が付く。


「こんなに、当たり前がうれしいなんて……」

 ここで初めて、声を出したたえこ。


 その瞬間に、ガクッと足の力が抜け、全身からも力が抜ける。

 そう、やっと安心をしたのだ。

 何とか立ち上がり、ソファーに移動をすると、久しぶりのコーヒーを口に含む。豆の分量が多く、かなり濃かったが、涙を流しながらゆったりと楽しむうちに、意識を手放していた。

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