第20話 宿

「あれかな? お釣り間違えた、お詫びかな」


「さあ? 203が見られないから、わからないけれど。ここ一般的には、セミスイートね。後、お釣り間違いはわざとね。客の教育レベルで、身分を判断している可能性があるわ」


「ああ。そうだろうな。でもラッキーだ。ただ、銀貨3枚の価値が、いまいち分からなくなったな」


「そうね。日本なら3万くらい? 取るでしょうけど…… 鹿が一頭で、10万はしないでしょう」

「最近、獲物が減ったと言っていたしな。まあ物価の基本は食い物か……」


「そういえば、ここにメニューが有るって、言っていなかった?」

「ああ言っていたな。どれだ…… て、名前しか書いていない。あれかなルームサービスを頼んだら、出る時に請求されるのかね」

「可能性はありそうね。フェンちゃんはどうしたの? おとなしいわね」

「ああ。人のいるところには、あまり近づくことはなかったのでな」

「カルチャーショックなのね」


「こんなもので驚いていたら、日本にでも行けば、ひっくり返りそうね」

「そうだな。すまんな。力があれば、帰してあげられるのだが」

「いなくなった人間が帰って。誰にも認識されないのも辛いし。 ……今更帰ったら長寿だし、大騒ぎの種なんでしょ」

「そうだな。解剖されそうだ」

「解剖はされなくても、科学の発展に協力をってなりそうね」


「ハイヒューマンの遺伝子構造と、テロメアには俺も興味があるよ」

「テロメアって何?」

「簡単に言うと、細胞の寿命はテロメアの長さで決まる。これが尽きると細胞分裂が止まりアポトーシスが起こる」


「へー。あっそうか寿命が長いということは、構造が変わっている可能性があるのね」

「そう。それに魔素もだな」


「主たちは賢者のようだな。わしには、話が理解できん」

「一緒にいれば色々覚えるさ。さて食事にでも出るか。予算は厳しいけどな」

「そうそう。貨幣価値もまだ謎だし」

「そうだな」


 部屋を出て、下に降りると見覚えのある肉屋がいた。

「よう。さっきぶり」

「おお? なんだ、此処に泊まっていたのか」

「ああ。あの後、決めたんだがね」

「あんたはって言っても、まあ飯食いにだよな」


「ああ。それと納品だ」

「納品? さっきの鹿か?」

「そうだ。あっという間に、売り切れちまった」


「立ち話も何だな。同席していいかな?」

「おお良いぜ。2人共別嬪さんだしな」

「あら、ありがとう」


「それで。必要なら、まだ持っているぞ」

「おお。ならボア持っていないか?」

「ワイルドボアならある。体長3mちょっとかな」

「売ってくれ。あの状態なら、金貨3枚出す」

「ちょっと待ってくれ。今から、飯でも食おうかと思って来たんだ」


「……うーん。それなら、此処の厨房なら良いだろう。話をつけてくる」

「あっおい」

 走り去っていく…… 名前誰だ?


 すぐに帰ってきて…… なぜか両手にジョッキを持っている。

「俺のおごりだ。嬢ちゃんたちはちょっと待っていてくれ。行くぞ」

「おい」

 いきなり、引きずられていく。



「此処へ出してくれ」

「わかったから。落ち着け。えーと誰だ?」

「あん? そういや、名前言ってなかったか? マチェライオだ」

「マチェライオ。出すから、ちょっと脇に寄ってくれ」


 ワイルドボアを取り出す。

「おおおっ。いいな。おいスコット。スコット」

「何だいマチェラ? おお。すごいな」

「こいつに金貨3枚。払ってくれ、それと後ろ足。持ち上げてくれ」


「ちょっと待て」

 ロープを取り出し、後ろ足を結び引き上げる。


 キョロキョロと、ロープを引っ掛ける所を探す。

 柱の梁にロープを回し、途中に輸送結びを入れ引き上げる。

 柱に、ロープの終端を結ぶ。


「えーと。うちのお客さんですよね」

「そうです。201のカミヨです」

「このボアをそいつに譲ってもらった。金貨3枚出してくれ」


「ああわかった。後で返せよ」

「スコット。お前も使うだろう」

「まあ、その分を差し引きだな」

「良いだろう」


「これを」

 宿の人改め、スコットさんから、3枚金貨を受け取る。

「まいど。えーとマチェライオ。もう良いか」

「おう。おれも、水につけたら飲みに行く」


 レストラン側に戻ると、5~6人ほどのおっさんやら兄ちゃんが、泡を吹いて倒れていた。

「何があった?」


「しつこいから、ちょっと力を開放したら倒れた」

「……そうか。おーい、ビールくれ」

「ビールってなんだ。そういや、さっきも。エールのことだったな。一杯でいいのか?」

「「私も」」

「3つだ!」

「ちょっと、お待ちを」


「へいお待ち。あんたらの国じゃあ、エールをビールっていうのかい?」

「ああちがう。エールはエールだ。ビールは作り方がちょっと違うんだが、知らないという事は、ここには無いんだな。つまみになるようなもの、なにか作ってくれ、3人分」

「私は肉だ」

「はいよ」


「それじゃあ。乾杯」

 ぐむっ、もうちょっと冷えたほうが良いな。

 確かエールでも、10℃位がいいんだよな。

「あっ冷やしてる。私も冷やそう」

「10度くらいが、いいらしい」

「10度? ちょっと頂戴」

「あっ」

「ふーん。こっちで良いわ」


 仕方が無いから、みちよの分だったジョッキを冷やす。すると魔力の流れを感じたのか。

「主。ありがとうございます」

 ジョッキを入れ替えられた。


「ふたりとも、もう、温度は理解したな」

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