第20話 絶望の力
空中に舞うような、素早い身のこなしで魔物を斬りつけるロートス。それを遠距離魔法で援護するキーク。なるほど、非常に連携の取れた、まるで冒険者のような戦闘スタイルである。俺たちを囲む魔物は、準宝器を身につけた二人によって一瞬で掃討されてしまった。
ロートスとキークは達成感から顔を合わせてにっこりと微笑み合う。
ドレスグローブ越しの拍手がポンポンと聞こえてきた。
「まあ! 上手にできました! まさか私の召喚が追いつかなくなるなんて!」
黒ドレスの女は、我が子どもを優しく褒める母親のような目をしていた。そして俯きながらこう続ける。
「よく頑張ったあなた達には……。ご褒美をあげないといけないわね……」
キークが女を睨みながら言う。
「殺す前に聞いといてやる。お前の名前を」
「そんな怖い顔をしちゃダメ。可愛いお顔が台無しじゃない。私はエキドナ。エキドナよ。あなた達の国は、私が愛を持って、支配してあげるわね」
「魔物の支配なんて、誰が受けるかよ!」
荒らげた声は、こだますることなく悲しく森の闇へ消えていく。
「あらまあ、反抗期かしら。仕方ないわ。ほら、ご褒美あげるから言うこと聞いてちょうだい、ね?」
エキドナは杖を持っていない左手を前に突き出した。
『魔物召喚・超』
すると、辺り一帯の地面が揺れだし、次第にエキドナの背後に大きな亀裂が入る。
「ほう」
クロはまたもや感心したのだった。
「うふふ、驚いたかな? 私が召喚したのは……」
亀裂から這い出てきたのは――
「超越級のワイバーンゾンビを三体か」
「そう、正解よ。そこの子、よく知ってたわね」
辺りに立ちこめる酷い悪臭。
「超越級を……! さ、さ、三体だと……!」
「むり、むむむむりむりィ!こんなのォ……!」
ロートスとキークの二人は地面にひざまづき、絶望で全身が包まれる。恐怖以外何も考えられず、寒気を感じ、震えが止まらない。
「まあ、酷い顔じゃない……。今、楽にしてあげるわ」
エキドナがそう言うと三体並んだ真ん中のワイバーンゾンビが上を向き、青い炎を口に含む。次に顔を振り下ろし、青い炎をロートスに向けて、地面がえぐれるほどの凄まじい火力で吐き出した。
「……ハッ!」
キークは寸前に意識を取り戻し、ロートスを両手で抱きかかえて青い炎から庇った。しかし着地に失敗し、二人は力無く地面に伏せる。
「キーク……。私ィ、お家に帰りたい……。帰ってキークと……。キークと……」
いつものロートスではない。泣きじゃくる彼女を憂いの目で見つめるキークであったが、瞬時に我に返り、次の奇襲に備えて〈マホウノホウキ〉を自分の手に呼び戻す仕草をする。
すると、〈マホウノホウキ〉は自然と浮きだし、キークの手元に戻った。
「あぁ。見てられない。見てられないわ。ワイバーンゾンビちゃん、あの子たちをさっさと殺してしまって?」
エキドナの声を聞いた三体のワイバーンゾンビは一斉に動きだし、ロートスとキークのほうに目を覗かせた。
三体同時に襲いかかってくる気か……。さすがにロートスを庇いながら、あの青い炎を避けられる自信はない。ならば次の攻撃は防御魔法で防ぐしか……!
しかし、そう考えている間に接近していたワイバーンゾンビの尻尾に、キークは気づくことができなかった。二人は五メートルほど吹っ飛び、小石のように地面に転がった。
「キーク、私たち……。なんでこんなことばっかりなのかなぁ……」
エキドナは哀れみの目で魔法を唱えだした。
『マルティプライミスティックマジック・グラビティボム』
エネルギーを凝縮させた無数の球が現れ、空中を漂う。
マルティプライマジックは「乗算魔法」と呼ばれており、複数の同じ魔法を同じ火力で一気に実行することができる強化魔法である。もちろん、この強化魔法は並の魔法使いでは行使することは愚か、存在自体を知らない可能性すらある。
エキドナは第四階級の魔法である『グラビティボム』を乗算魔法で使用したことにより、同時に複数のグラビティボールを出現させたのであった。これを見たキークは、こんなものに人間が勝ち目などあるわけがないと確信し、死を受け入れたのだった。
――そろそろかな。
突然、空中に現れた複数の斬撃が、一瞬にしてエキドナの『グラビティボム』を破壊する。
「なに! 私の魔法が全部ッ……!」
「いやあ、本当に感謝するよ、エキドナ。私の知りたい情報を収集する、手助けをしてくれたことに」
黒く禍々しい剣を右手に持ったクロは、いつの間にかエキドナの前に立っていた。
「あら、大人しくいい子にしてくれていたと思ったのに、あなたも私に反抗するのね?」
「反抗だと? 笑わせるな。私とキサマには大きな力の差がある。もちろん、私が上でキサマが下だ」
エキドナの表情が段々と曇る。
「あなた、生意気、生意気だわ! 今の状況が分かっているのかしら!? たとえあなたが強力な斬撃を使えたとしても、超越級のワイバーンゾンビに、人間ごときが勝てるわけないでしょ!」
キークが後ろからボソボソと呟く。
「無駄だ、クロ・アストル……。超越級の魔物には人間の斬撃など効かない。超越級相手には、同じく召喚した超越級の魔物で対抗するしか、ダメージを与える方法はないんだ……。俺たちは、劣等種の人間として生まれた瞬間から、勝ち目はなかった……。たとえ宝器が使えても、このザマだ……!」
クロは出そうになるため息を噛み殺した。
「なるほど。では知らないようなので教えてやろう。お前らは、現世の人間が超越級の魔法を扱えないと思っているようだからな」
「は? 何を……」
クロは左手を上に掲げた。
「トランスセンデンタルマジック……」
エキドナは顔を青くし、慌てふためく。
「嘘……。ハッタリよ……!」
クロは悪魔のような笑顔をエキドナに向ける。
さあ、真実を知れ――
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