第2話 常識外れの存在

突然、大広間の壁を這うようにあったクリスタルが、いきなり音を立ててヒビを作り出した。

ネメアーは冷や汗をかいた。実際、魔物が冷や汗をかくのかは分からないが、そんな顔をしているのだ。


「な、なんだ! 何が起こっている!」


続けて、十メートルほど頭上の、何もない空中に、乾いた音を立てながら紫色のヒビが入った。


ネメアーはそれを見ながら黒目を小さくし、必死に思考した。まさか、他のものが入って来れないようにクリスタル化させた空間に、外の者が干渉し、突破してくる……?


考える間もなくその空中のヒビは広がり、バリンと音を立てて割れた。そして、割れ目の向こう側から三人の、おそらく人間が落ちてきた。


その人間と思われる者共が、大広間の赤いカーペットに膝と手を着いて着地した瞬間、時間停止状態が解除され、周りの人間も動き出した。クロを押さえつけていた獅子も、細かな光となってキラキラと消えていった。

静寂だった大広間に、大勢の人間の気配が戻った。


「ご苦労だった。三人とも」


クロが三人へこのように声をかけると、三人はゆっくりと立ち上がり、何も言わずクロの後ろに並んだ。


****


訳も分からず呆気に取られた様子の同級生たち。慌てふためく城の召使い。怯えながらもネメアーに槍を構える城の兵。

どう見てもネメアーは、魔の軍勢であると瞬時に判断できるほどの形相をしているので、ここにいる人間は皆、一斉にネメアーへ恐怖と敵意を向ける。


なんだか俺たちに注目する人間が少なくないか?注目されているネメアーに対して、少しヤキモチを妬きそうだ。


同級生と同じく呆気に取られていた理事長が冷静さを取り戻し、ネメアーに向かって、やっとの思いで口を開いた。


「あなたは魔の軍勢、至高域ネメアーですね?」


しかしネメアーには聞こえていなかった。なぜならもうネメアーには、目の前にいる宝器使いと、その後ろにいる三人の者しか見えていないからだ。


「ゴルゴンはどうした! クッ!」


ネメアーはこの状況で、ものを考えている暇など一切ないことに気づいた。


退却だ! いや、脱兎のごとく撤退だ……!


そしてネメアーの体は、ノーモーションで転移の魔法を実行しようとしていた。


クロが口を開いた。


「こいつは逃がすな」


すると、クロの後ろに並んでいた三人のうちの一人、きれいな金髪で高身長な女の子が返事をした。


「うん」


そして、その子は何やらネメアーに向かって手を伸ばし、そのまま手を横に、薙ぎ払うように振った。


ネメアーは力が抜けたように二歩後ずさりした。

転移の魔法をキャンセルされてしまったのだ。


「クロの前から逃げようとするなんて色んな意味でムリ。身の程を知るべき」


金髪の子は冷静で落ち着いた声を発した。

続けてクロが言った。


「プランタ。敵の脆弱さに免じて、お前からの制裁は無しにしよう」


そしてクロは後ろを向き、大広間にいる全員に聞こえるような大きい声でこう続けた。


「ここにいる皆さんも手出しは不要。その代わり、瞬きをせず刮目していただきたい」


それは一瞬だった。

クロはそう喋り終えると前を向き、次の瞬間にはネメアーの腹部に剣の腹を横に入れていた。


そしてその剣は、先程入学祝いでもらった剣『メタモール』だ。


その後はスローモーションのようだった。

大広間のガラスの天井から差し込む光を、反射させながら輝くメタモール。それを振り切るクロ。軽く空中に舞うネメアー。


いつ距離を詰めた……?

ネメアーは遠のいてく意識の中で、たくさんの疑問と悔しさに苛まれていた。


「至高王よ……コイツは……魔の……いや、この世界の……敵だ……!」


何とか残った力で振り絞るようにそう言い残すと、ネメアーは大広間に差し込む光に溶けるように、体が消失していった。


「魔の軍勢には超越級が使えるやつがいるとは。最大限に警戒する必要があるな。危なかった」


クロがそう言うと、クロの後ろで並んでいた一人の、綺麗な茶髪の少年が、


「危なかっただなんて。誰がどう見ても圧勝でしたよ? ここにいる人間さんたちだって、クロくんの強さに、みーんな開いた口が塞がってませんよ! ね! 皆さん!」


"ここにいる皆さん" は、まだ状況が飲み込めておらず、少年に返事ができる人などいない。


「よせ、ベル。ここにいる人間にとって、今起きたことは本当に一瞬の出来事だったんだ。まだ状況が飲み込めていないのだろう。それより……」


クロは大広間の足元の赤いカーペットに、目だけを落とした。

そこには白く大きめな破片のようなものが落ちている。それは、さっきの攻撃で剣身が真っ二つに折れ、きれいな断面が見えているメタモールの哀れな姿だった。

お祝いとして頂いた時の、美しいフォルムはもうそこには無かった。


「えっと、これって……直していただけたり……しますか……?」


もう片方の折れたメタモールの剣柄を、申し訳なさそうに握りながら言った。

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