第1話 想望の入学

王都が炎に包まれたあの日から一年。今日の王都の新聞にはそのように書かれている。

城下町は朝市で人が溢れていた。非常に賑やかで活気がある。


しかし、国の外には国民の生活を脅かす魔物が、数え切れないほど生息していることを忘れてはならない。


この国で生まれ育った青年クロは、テーサ・ウルズ国立宝器学院の入学式へと向かう。この学院は、対魔物のために国によって創設された。

学院に入学できる生徒は全員、宝器ほうきと呼ばれる特殊なアイテムを使用できることが条件だ。入学できる人間は、この国に多くはいない。


****


俺は賑やかな城下町を抜け、入学式が行われるセント城へと向かった。城門の前には長い橋が架かっており、城に勤める官僚や、国の兵が行き来している。


「入学された皆様、本日はおめでとうございます。学院長不在のため、理事長である私、セルニアがご挨拶させていただきます」


セント城の大広間に、大人っぽくも、かわいらしい理事長の挨拶が響き渡った。上を見上げると、目がくらむほどの高さに大広間の天井がある。


「それでは皆様には入学されたお祝いとして、こちらのアイテムをプレゼントいたします」


理事長がそう言うと、城の召使いが、白い布で包まれた何かを持って、それぞれの入学者の前に現れた。

召使いがゆっくりと布をめくると、鞘に収められている細く金の装飾が施された白い剣が姿を現した。


「そちらは我が国が作り上げた"準"宝器、《メタモール》でございます」


――俺は、驚いた。


白くて綺麗なフォルムをしている。これが学院の指定武器なのだろうか。

すると、俺の右前に立っていた同じ入学生と思われる、赤髪のクールっぽい男が、淡々とした口調で喋りだした。


「理事長。我々のような宝器と契約している人間は、他の宝器を使用、装備することはできないはずです。ですが、これは一体どういうことでしょうか」


赤髪の男は、白い剣を右手で持ち、まじまじと観察しながらそう言った。

宝器と契約し、それを使用できる通常の人間は、契約した宝器以外の宝器を手に持つことは愚か、触れることさえ困難なのである。


『ギャアアアアアッ!』


しかしその瞬間、どこからか耳が痛くなるような女性の金切り声が聞こえた。悪魔の泣くような声、といった表現の方がそれっぽいだろうか。

すると同時に、大広間が黒いクリスタルに侵食されだした。大広間にいる俺以外の人間は動いていない。誰かが何らかの時間停止系の魔法、またはアイテムを使用したのだろう。もう先程の大広間の空気ではない。


「なんだ? そこになにかいるな。姿を現せ」


俺は気配がした方向に手を伸ばし、指を鳴らした。すると、長い白髪で大柄な人物が姿を現した。

そいつはゆっくりと口を開き、こう言った。


「キサマ、私の不可視を看破し解除させるか。さすがは至高王が警戒する人間だ」


「ありがとう。そちらこそ、素晴らしい奇襲だ。俺の名前はクロ。あなたは魔の軍勢の?」


「ああ、そうだ。私には名などないが、人間は私のことをネメアーと呼ぶ」


「そうか、ネメアー殿。一つ質問をしても構わないか?」


「良かろう」


「あなたは今日、俺を殺しに来たということで合っているか?」


「ああ、間違いない。今からキサマを殺し、今回はここで終わらせる」


 "今回はここで終わらせる" とはどういうことだろうか。色々と聞きたいことが多いな。


「そうか。しかし、ここには他の宝器使いもいる。束になってかかってこられたら、あなたに勝ち目はあるのですか?」


「キサマの目は節穴なのか。キサマ以外の低度な宝器使いは見ての通り時間停止状態であろう」


ネメアーは嘲笑いながらそう答える。

俺は眉を顰め、少し苦い顔をした。ふむ。どうやら色々と計算外だったようだ。同級生が想像以上に使えない。考慮しておくべきだった。


「そうですね。失敬」


俺はゆっくりと手を上に挙げ、


「奴らを守ってやれ」


とだけ、わざと響かせるように命令口調で声を発した。しかし何も起こらない。

ネメアーは少し警戒したようだ。


「何をしている?」


「いや、大したことではないので、気になさらないでいただきたい」


俺の知ってる限りの時間停止系のアイテムや魔法は、時間停止状態の効果時間は最長でも七分だ。そしてそれをもう一度発動させるには、いずれの場合も、発動者が日をまたぐ必要があるはずだ。また、それらの連続しての併用はできない。

となると、相手は今から繰り出す一手で俺を一撃で殺せる確信がある、または……。


「まあいい。死ね」


ネメアーはそう呟くと、着ているマントを勢いよく左右に広げた。そして、後ろの腰に着けていた剣を抜いた。


「超越獅子召喚! 獅子突を実行しろ!」


ネメアーが突き出した剣は粉々に砕け散った。すると、半透明で巨大な光り輝く獅子が現出し、それは大きくたくましく吠えた後、俺に覆い被さるように前足で攻撃してきた。


誰がどう見ても人類では勝利が難しいであろう、神話レベルの魔物から放たれた即死級の一撃である。


「獅子よ! そのまま押しつぶせ!」


ネメアーは顔に手を当てながら大きく笑った。ネメアーには、クロを完全に殺したという確信があった。

完璧だ。物語の主人公を殺してやった。めちゃめちゃ序盤で。こんなに可笑しいことはないだろう。


しかし何だ。ネメアーとは別の、小さく笑っているような声が聞こえてくる。


「ハッハッハ。なるほど、驚いたぞ。超越級なんて幻の存在、だと思っていた」


ネメアーが黒目を震わせながら目を移した先には、自分が召喚した超越獅子の前足を、涼しい顔で受け止めるクロの姿があった。

ネメアーは慌てふためく。


「有り得ない! 何故生きている! ハッタリだ。人間では決して行使することも防ぐこともできない神の御業、《超越級》の領域だぞ!」


確かに超越級というのは世界最強の概念であり、人間界では伝説とされている。


「そんなに興奮するな。お前の言う、その『人間では決して防ぐことのできない領域』は、俺の前では "その程度" であったということだ」


「何をほざいている! 私は幻影を見ているのか? 宝器か? 魔法か? ふざけるなこの化け物が!」


息遣いが荒くなっていくネメアー。必死に頭を巡らせて考えているのだろうが、当然ながら俺は、あの攻撃を真正面から受けている。


「愚かだ。真実を聞いても理解できないとは、ネメアー。それでは反撃ついでに、お前のその体に理解させるしかないな」


俺は少し顎を引いて言った。


「一撃だ、お手本を見せてやろう」





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