第5話 冬季美小亮
お見合い場所は、約束通り横浜のホテルの中にある高層レストランとなった。
この日は晴れて、空気も澄み渡り、横浜の景色が一望出来た。
これだけでも来たかいはあるかもしれないな、と思った。
それにここなら間違いなくみそ汁も出ない。
今日は久々に落ち着いて外食が出来そうだ。
私は、両親と叔母夫婦と共に白を基調とした長テーブルに座り相手がたが来るのを待った。
「美織ちゃん綺麗ねー!」
叔母は、私の姿を絶賛する。
流石にお見合いなので今日は来る前に美容院で髪を結い上げてセットしてもらい、化粧をし、服装も少しトーンを抑えた水色のワンピースにパールのネックレス、そして同色のパンプスだ。
確かに馬子にも衣装かもしれない。
ギャルソンが「お相手が到着されました」と告げると途端に緊張する。
断るつもりでいるというのに肝が小さいなと自分でも思う。
ご両親に連れられてその人は現れた。
第一印象は人の良さそうな男性だった。
端正とは言い難いが男らしい顔立ちで、表情はとても柔和だ。短髪でスーツを着こなした体型はがっちりしていて、背も高い。
確か小学校の先生という話しだが卒業するまでの6年間は女性の先生ばかりだったのであまり男性の印象はないが確かに優しそうで人気ありそうだ。
「遅れて申し訳ありません」
父親が頭を下げる。
「横浜は初めてなもので道に迷ってしまいました」
確かご両親は北海道に住んでいるのだったか?
「ご挨拶も遅れまして
父親の声と共に3人は頭を下げる。
「そして私の隣におりますのが次男の小亮です」
「小亮です。本日はお越しいただきありがとうございます」
小亮さんは、丁寧に頭を下げる。
見かけ同様に声も柔らかだ。
「結尾でございます」
父も丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「私の隣におりますのが長女の美織です」
「美織と申します。よろしくお願いします」
私も頭を下げる。
顔を上げると小亮さんは和かな笑みを浮かべてこちらを見ていた。恥ずかしくなり、思わず俯いてしまう。
「冬季美とは珍しい苗字ですな」
「ええっ。うちは北海道で代々とうきびの畑を所有しておりまして、小さいですが会社を経営しております。その為、我々を慈しみ、養ってくれるとうきびに感謝して冬季美と明治頃より苗字を改めたのが初めと聞いております」
お見合い前に写真と苗字や名前は確認していたが、珍しい苗字だくらいしか思っておらず、そんな名家とは知らなかった。
案の定、父が畏まる。
「それは凄い。我が家はごく普通の一般家庭でして、そんな名家の方と縁を結ばせていただいてもよろしいのでございましょうか?」
「いえ、そんなのは昔のこと。今はただの小さな会社です。それに会社は長男が継ぎますし、小亮はこのように気ままに大学を出て教員をしております。戻ってくるつもりもないようなのでその点はどうぞご安心を」
そういって笑う。
人の良さそうなお父さんだな。
どうせ断るつもりなのに安心する。
そうしている間にオードブルが運ばれてくる。
横浜市近海で取れた魚のカルパッチョ。
オリーブオイルと柑橘類の混ざったソースと相まって美味しい。
我が家は、特にナイフもフォークも戸惑わないが、あちらのご両親はあまり慣れていないのか、箸を使って食べている。
和食の方が良かったのかな?と罪悪感が胸に刺さる。
しかし、小亮さんは、流石にこちらの生活が長いだけあってとても綺麗に召し上がっていた。
「美味しいですね」
そう言って私に向かって微笑む。
頬が熱くなるのが自分でも分かり、再び顔を俯かせる。
その様子を叔母が見て、小さく笑う。
次にスープが運ばれてくる。
匂いを嗅いで私は思わず眉を顰める。
それに気づいたのはうちの母だ。
「あら?確かコンソメスープでなかったかしら」
そう確かにメニュー表を見ると地元野菜をたっぷり使ったコンソメスープになっている。
しかし、漂ってくる匂いは・・・。
「さすが姉さん。よく気づいたわね」
なぜか叔母が自慢げに口を開く。
最初に私たち家族の前にスープが置かれる。
濃厚な黄色に輝くこのスープは・・・。
「コーンスープ?」
私は、思わず呟く。
「実はこれ、冬季美さんの畑で採れたとうもろこしから作られたのよ」
その時、冬季美さん家族の表情が固まったことに結尾家は誰も気づかなかった。
「冬季美さん、勝手にすいません。是非、美織ちゃんに冬季美さんのとうもろこしを味わっていただきたくてホテルにお願いしました。冬季美さんのところのとうもろこしは北海道でも有名なブランドなのよ」
「へえ、それはそれは」
叔母の粋なサプライズに父も母も感心する。
私ですら思わず感嘆の域を漏らす。
図々しいところのある人だと思っていたが、今回はそんな性格が生きたと言ったところか。
叔父も中々やるではないかと褒める。
確かに両家のことを知るには埋めるのにはにくい演出と
言ったところか。
しかし・・・。
「どういうことですか!」
小亮さんの父親が声を上げる。
「なんでこんな勝手なことを!」
母親も狼狽した声を上げる。
予想外の反応に叔母が戸惑う。
「い・・・いえ、私は美織ちゃんや姉夫婦に冬季美さんのことを知ってもらおうと・・・」
「だからと言って我々に一言・・・」
そう言っている間にコーンスープが運ばれてきて、小亮さんの前に置かれた。
その瞬間。
コーンスープが宙に舞い上がる。
テーブルの下から拳が突き上げられたように。
はたまたびっくり箱のようなスプリングがテーブルに付いていて置くと同時に作動したかのように飛び上がった。
そして優雅に遊泳軌道を描きながら落下し、私の頭にそのまま被った。
視界が黄色く染まる。
悲鳴に近い騒めきが起きる。
口の中に甘くて濃厚なコーンの味が広がる。
絶望に青くなる小亮さんの顔が見えた。
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