第6話 ココロココニアラズ
『…言い間違えた』
「いや、絶対嘘じゃん」
千桐と話した翌日の放課後。
相変わらず授業の内容が頭に入ってこなかった俺は、昨日置いて帰った自転車で下校しながら、柳楽との会話を思い返していた。
『ううん、優しいよ…麻月君は、ずっと優しい…』
柳楽は多分、ずっと前から俺の事を知っている。
けど、俺の記憶には柳楽との記憶はない。
あんな銀髪美少女、会ったら忘れるはずないと思うんだけど…。
それに…。
『私だって他人を助けたいって思ってるわけじゃないから…』
「…結局どういう事…?」
あの後、柳楽を家の近くまで送っていく途中、俺たちの間には微妙な空気が漂っていたため、それ以上会話が進展する事はなかった。
「結局、今日は柳楽と会ってないしなぁ…」
ペットボトルを片手に、自転車のハンドルを操作する。
俺の住んでいる地域は田舎で、車は通るものの、歩行者は数える程しかいない。
そんな環境で過ごして油断していたからか、電柱の影から歩行者が出てくるのに対して反応が遅れてしまった。
「うぇっ?!ちょ?!」
「…?…っ?!」
相手もようやく俺に気付いたのか、少し遅れて驚愕の表情を見せる。
あ、これ間に合わねぇわ…。
そう悟った俺はハンドルを思い切り横にし、自転車ごと車道と反対側のガードレールに突っ込む。
ガシャン、と不快な音が鳴り、俺の体は宙に投げ出された。
覚悟を決める時間も、受身を取る準備もしていなかった俺は、地面に叩きつけられる…わけではなく、水路に落ちていったのであった。
〜 6、ココロココニアラズ 〜
「…うわ…最悪だ…」
制服のまま、盛大に水路に落ちた俺は、言うまでもなくびっしょりだった。
まぁ、色々擦り剥いただけで目立つような怪我はしなかったのが幸いか。
そう思った時だった。
「あ、あの!大丈夫ですか…って、麻月君?!」
上の方から焦ったような女性の声が聞こえてきた。
ん?今俺の名前呼ばなかったか?
見上げると、俺と同じくらいの歳の、俺と同じ高校の制服の女の子がこちらを見下ろしていた。
あれ?こいつ…。
「お前…
「わ、私は大丈夫!」
と、安否確認が取れたところで、俺は一安心する。
よかったぁ…マジで人生詰むところだった…。
人轢いて人生詰むとかマジ笑えない。
そんな起こり得そうな悲劇に身震いしながら、自転車の籠から水路にボチャンした鞄を拾い上げ、中を確認する。
うわ…教科書も筆箱もグショグショじゃん…。
「やべー…明日まで乾くかな…」
「あっ、それならさ」
目の前の惨状に現実逃避しかけていると、上の方からまた声がかかる。
「えっと…私の家、直ぐそこだから、一回服とか乾かして行かない?」
と、お声がかかってしまった。
…いや、普通にダメでしょ。女の子の家だぞ?
というか、女の子が男を簡単に家に上げようとするんじゃありません。
そもそも、悪いのは完全に俺だし、彼女はどちらかというと被害者だ。そこまでされる義理はない。
そう思い、鞄の水をできるだけ切ってから彼女を見上げる。
「いや、いいよ。別に家まで遠くもないし」
「で、でも!」
「自転車で帰れば直ぐだから。それに、悪いのは俺だし、七種が無理して何かする必要はないから気にするな」
「でも…」
ここまで言っても引こうとしない七種は本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
多分、めちゃくちゃいい子なんだろうなぁ、なんて思いながら、俺は水路から上がる。
「まぁ、大丈夫だから。というか、本当に申し訳ない。俺の不注意で迷惑を掛けちゃって…」
そう言って俺は頭を下げる。
「だ、大丈夫!怪我もなんもしてないから!」
そう言って七種はブンブンと手を横に振る。
マジでいい子じゃん…。
「じゃあ、ほんとに悪かった」
最後にもう一度謝ってから、俺は帰る準備をしようと自転車を見て、絶句した。
「…」
「…その…ほんとに大丈夫…?」
七種も俺の自転車を見て、気まずそうに問いかけてくる。
七種と俺の視線の先には、籠もタイヤも歪み、走れるかどうかすら怪しい自転車の姿があった。
「…その、七種さん?悪いんだけど…やっぱりお邪魔していいですかね…?」
「う、うん、取り敢えず制服は乾かした方がいいと思う…」
まさかこんな事で女子の家にお邪魔する事になろうとは…。
俺は自転車を起こし、押して七種の元に向かう。
タイヤが一回転するごとにガタガタと揺れる愛車を見て、盛大にため息を吐いた。
…
「着替え、お父さんのでごめんね」
そう言って、テーブルを挟んだ俺の向かいの椅子に座った七種は、キッチリとした制服から、ゆったりとした部屋着に着替えていた。
「いや、マジで助かった。ほんとにありがとう」
俺は七種にもう一度お礼を言う。
七種宅に招待された俺は、代えの服を借りるだけでなく、シャワーまで借りてしまった。
「制服だけど、乾くまで時間が掛かるかも…」
「いいよ。ちょっとでも乾けばマシになるだろうし」
そう言って、七種が出してくれた麦茶を一口飲む。
本当にこんな事をしてていいのだろうか。
家の人に見つかったら七種に迷惑を掛けてしまわないだろうか?
「あ、大丈夫。私の家族、いつも帰り遅いから」
「うん、大丈夫じゃないね?」
いや、冷静に考えて全然大丈夫じゃないから。
というか、ナチュラルに心を読まれたんですけど。
「そういえば、ほんとに怪我とかしてない?」
「ん?あぁ、大丈夫大丈夫」
どうせ擦り傷程度だし、ほっとけばそのうち消えてるだろう。
「傷あるの?一応、消毒しておく?」
「いや大丈夫。てか俺ってそんなにわかりやすい?」
「え?何が?」
「心読まれてるのかってくらい、思ってる事に返事してくるからさ」
「…麻月君がわかりやすいだけかもよ」
「うそーん」
まぁ、いいけどさ。
そう思いながら、改めて七種を見てみる。
少し赤みがかった茶髪をショートヘアにし、その下には大きく、可愛らしい目が付いている。
控えめに言ってかわいい。
そんな風に七種を見ていると、なぜが七種は頬を赤らめながら、言いにくそうにこちらを見ていた。
「…そんなに見られても困るんだけど…」
「あぁ、悪い…」
と、そこで気まずさからか、沈黙に入ってしまう。
…さっきのって、普通に失礼だよな。人の顔じっと見て…怒らせちゃったかな…?
「…ううん、怒ってないよ」
「…頭にアルミホイル巻こうかな…」
「アルミホイル…?」
そんなにわかりやすいかな俺。隠し事はうまい方だと思ってたんだけどなぁ…。
七種的にはどう思う?
「うーん…下手、ではないと思うけど…」
だよな?下手ではないよな?
という事は、七種の感が良すぎるだけって事になるな。
「そうなのかな?よく言う『女の感』ってやつじゃない?」
あー、そういうのもあるのか。女の子って怖いなぁ…。
ところで七種?
「ん?どうしたの?」
…俺、
「えっ、嘘…?…あっ…」
俺を見て、しまった、とでも言うような顔で口元を押さえる七種。
「やっぱりか…」
試しに心の中で会話してみようとしたら、ほんとにできちゃうんだもん。やった俺が一番びっくりしてるわ。
と、物珍しそうに七種を見ていると、七種は何やら慌てた様子で捲し立ててくる。
「ち、違うの!私、昔から人が考えてる事予想するのが得意で!」
「へぇ〜…やっぱ感なの?」
「うん!多分そうだと思う!」
「別に心を読んでいるわけじゃないの?」
「当たり前じゃん!そんな超能力みたいな事、できるわけないよ!」
へー。んじゃあ、できるんだったら人の心を読んでみたいと思う?
「…思わない…かな…読めてもきっと、いい事なんて一つもないと思う…」
へぇ…今、こうして
「…へ?…ぁ…」
そう声を漏らすと、七種は椅子の背もたれに力無く寄りかかった。
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