ココロココニアラズ(2)

 女子と二人きりだと言うのに沈黙の時間が長いのは、やはり精神的にくるものがある。

 そんな気まずさを紛らわすため、俺は目の前のコップを手に取ったが、空になっていたため、そっとテーブルの上に戻した。


 「…あ、ごめん、今注ぐね」


 「あ、あぁ…ごめん」


 「ううん、気にしないで…」


 そう言って七種は席を立つと、空のグラスを持って台所の方へと向かっていった。

 それを見送ってから俺は、小さくため息を吐いて頭を抑える。


 「いや…こんな立て続けに会うもんなの…?」


 同類能力者

 最近俺の周りで何かと話題(主に柳楽のせい)だが、こんなにすぐに、連続で接触する事なんてあるのだろうか。

 それとも単純に俺が知らないだけで、俺の周り全員が能力を持っているのだろうか?

 そんな事を考えていると、目の前にカランと、ガラスと氷がぶつかる音が響く。


 「はい、どうぞ」


 「おう…ありがと」


 七種が席に着いたのを見て、乾いた喉をお茶で潤す。

 さて…どうしたものか…。

 いっその事、さっきの話は無かった事にして帰るか?


 「…ねぇ、麻月君」


 「え、うん?」


 「その…能力って…何?同類ってどういう事…?」


 七種の表情からは、何かに縋るような感情が読み取れた。

 あぁ…心が読めるなら考えている事が筒抜けだったな。


 「うーん…何から説明すればいいのやら…普通の人じゃできないような事ができる力が能力ってやつ…かな。多分、七種はその、能力ってやつを持ってる」


 「…能力…」


 いざ説明しようとしても、難しいもんだな。

 というか、「何言ってんだこいつ?」みたいに思われてない?

 俺の時もそうだったけど、側から見ればただの厨二病なんだよな。マジで信じれない。


 「ううん、信じるよ」


 「え、マジで?」


 俺はもう、心を読まれても驚かないぞ。


 「自分で言うのもなんだけど、こんな非現実的な事信じれる?厨二病拗らせてるなぁ…みたいに思わない?」


 「思わないよ。だって…もん…」


 「確かに…」


 俺がそう言うと、七種は辛そうに唇を噛む。


 「…気持ち悪いでしょ…?人の考える事がわかるなんて…」


 まぁ確かに、考えている事が全て見透かされているのは、あまりいい気はしないな。


 「…そう…だよね…」


 「えっと…七種ってさ、人の心を読む時に、読もうとして読んでるの?」


 「ううん、なんていうか…勝手に頭の中に入り込んでくる感じ…かな…」


 なるほど。自分では制御できない感じか。


 「読みたくないのに…知りたくないのに…全部勝手に頭に入ってくるの…」


 そう言って七種は自分の体を抱き、小さく蹲った。

 いつの日か、相手の心が読めたなら、なんて考えた事は誰しもがある事だろう。

 相手を喜ばせたい、怒らせたくない、楽しませたい、悲しませたくない。だから心を読みたい、と。

 けれど、目の前の彼女はそれを嫌がっているように見える。

 自分では制御ができない。勝手に発動してしまう能力。

 そして、それが本望ではないという事。

 状況が俺と似ているな…。


 「へ…?」


 俺が、どうしたものかと腕を組みながら七種を見ていると、急に七種が素っ頓狂な声を上げた。


 「え?ん?どうした?」


 「似てるって、どういう事…?」


 「ん?あ、あぁ…」


 そっか、さっき思った事が読まれてるのか。

 心が読まれている、という事に今更驚きはしないが、やはり慣れるまでは少し時間がかかりそうだった。


 「まぁ簡単に言うと、俺も能力持ってるんだよね」


 めちゃめちゃ使い勝手が悪い能力がね…。


 「…どんな能力なの…?」


 「存在感を操る能力、だってさ」


 「…うん?」


 七種はいまいち要領を得ない、といった顔で首を傾げる。

 うん。気持ちはすごくわかるぞ。


 「簡単に言うと、影を薄くしたりできる能力らしい」


 「…えっと…それは、能力、なのかな?」


 「残念ながらそうらしい…。俺の知り合いに能力を無効にする能力を持ってるやつがいるんだけど、実際そいつは俺の能力を無効化して、普通に話しかけて来たんだ」


 「そういえば、麻月君って見つけるのに苦労するよね…」


 「そう、それが俺の能力らしい…」


 なんとも悲しくて意味のない能力だ。


 「えっと…それが麻月君と似てるっていうのとどういう関係が?」


 「あぁ、俺の能力も自分で制御できないんだよ」


 「え…?」


 「それがちょっと似てるなぁって話」


 おそらく七種も、望んで今の状況になっているわけではない。寧ろ自分の能力に苦しめられているまである。

 望まない能力が常時発動している状況に、親近感を抱いてしまった。


 「って言っても、俺のは人に認知されにくくなるってだけだけどね。七種の方が大変そうだよ」


 「…どうしてそう思うの…?」


 七種は不安そうに見つめてくる。


 「だって勝手に心が読めちゃうんだろ?絶対悪口とか汚い話とか聞こえてきて頭おかしくなるって」


 「っ…!」


 人の心が必ずしも綺麗な事を考えているわけではない。寧ろ汚い考えの方が多いのかもしれない。

 そんなものが勝手に頭に入り続けているのだとしたら、精神の負担は半端じゃないと思う。

 それはもう、相当な地獄だろう。


 「…麻月君は…私の事、気味悪がらないの…?」


 縋るように、今にも泣き出してしまいそうな顔で俺に聞いてくる七種。

 その声は酷く震えていて、弱々しかった。


 「別に?まぁ、しょうがなくない?」


 「…へ?」


 「だって勝手に読めちゃうんだろ?どうしようもないじゃん」


 「…」


 「というか能力のせいなだけで、七種が悪いわけじゃないし」


 「え…」


 「まぁ…エロい事とか考えてる時に読まれると、ちょっと恥ずかしいけど」


 「ぅ…」


 「別に気味が悪いとは思わないかなぁ…」


 読まれて困るような事を常に考えているわけじゃないし、俺的には「読むなら勝手にどうぞ」って感じだ。


 「…そっ…か…」


 そう七種が声を漏らすと、ふっと息を吐き、肩の荷が降りたような、どこか楽になったような雰囲気でにこりと笑った。


 「ねぇ、麻月君」


 「ん?」


 「明日からさ、たまにでいいから、一緒にお昼食べない?」


 「うぇ?なんで?」


 というか、どうしてその流れになったんだ?


 「なんでもいいから。いいでしょ?」


 「…まぁ、どうせ俺から話しかけなきゃ俺の友達も勝手に食べ進めてるし、別にいいか…」


 ほんと、授業終わって直ぐに話しかけなきゃ俺の席なんてないに等しいからな。


 「あはは、かわいそう」


 「ちょ?笑う要素なくない?」


 「ふふっ」


 もう一度俺を見ながら笑う七種は、本当に可笑そうで、楽しそうだった。

 そんな七種に笑われる俺は納得がいかないものの、まぁいいか、と思うしかなかったのだった。

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