第5話 優しさの原動力
「…はぁ…」
茶髪が見えなくなってから直ぐに、柳楽は息を漏らしてその場に座り込んだ。
「…うぅ…頭痛い…」
「お疲れ。取り敢えず休めるところまで移動しようぜ。立てるか?」
「…無理かも…色々痛い…」
そう言って、座ったまま俺をじっと見上げる。
…運べと?
「…おんぶ…でいいか?てか、好きでもない男に運ばれるのは女子としてはどうなのよ?」
「麻月君ならいいよ」
「はいはい、男として見てないと」
まぁ、変に喚かれるよりはマシか…。
そう思いながら、俺は柳楽に背中を向けてしゃがむ。
「…ありがと…」
その言葉と共に、俺の首に柳楽の腕が回され、背中に重さが伝わってくる。
それを確認した俺は柳楽の脚を持ち、落とさないように、ゆっくりと立ち上がる。
いや、軽過ぎない?え?女子ってこんなに軽いの?
そんな事を思いながら、休憩できる場所を考える。
…この時間だと…市役所の広場くらいかな…。
柳楽を落とさないように、ポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。
時刻は午後十時過ぎ。俺たちが入れるような店は大体閉まっている時間だ。市役所ならここからそんなに距離はないし、市役所自体は閉まっているだろうけど、広場なら使えるだろう。
そう思い、柳楽を背負いながら市役所へと足を進めた。
途中、自販機で適当にお茶も買う事も忘れなかった。
〜 5、優しさの原動力 〜
広場に着いた俺は、柳楽をベンチで下ろし、買ってきたお茶の蓋を開けて渡そうとする…が。
「…おい、俺が座るところないんだけど」
「…ごめん、もうちょっとだけ、こうさせて…」
よほど体調が悪いのか、柳楽はそれ以外は何も言わず、横になってベンチを占領する。
「…まぁいいや。でも水分は摂っておけ。幾らか楽にはなるだろ」
「…うん、ありがと…」
重たそうに、ゆっくりと体を起こす柳楽。
そして俺からペットボトルを受け取り、ちびちびと飲み始めた。
…マジで辛そうだな…。
柳楽はペットボトルを頬に当て、再び横になると、徐に口を開いた。
「…さっきの、見たでしょ?」
「さっきの?」
「…千桐君の能力」
「あぁ…」
石が飛んだり、ソフトボールが浮かんだり、柳楽の靴がその場で止まったりと、中々に強力な能力だった。
「…さっきの見たらわかると思うけど、
「…」
「…使い方次第だけど、麻月君も、やろうと思えば誰にも気づかれずに殺せるでしょ?」
「ま、まぁ…」
「…危険なんだよ。能力って」
そう言って柳楽は体を起こす。
まだ怠そうだが、幾分か顔色が良くなっていた。
「だから私は、できるだけ問題になる前に止めたい」
柳楽が持つペットボトルに力が入り、パコッと音が鳴る。
「…そういう話をするって事はつまり、俺にそれを手伝えって事か?」
「…無理にとは言わないけど…できればそうして欲しい…」
柳楽は気まずそうに視線を下げ、ペットボトルを見つめる。
声は弱々しく震え、ペットボトルを持つ手も、どこか落ち着きがなかった。
そんな柳楽を、俺は真っ直ぐに見る。
「別にいいよ…」
「…へ…?」
「手伝ってやるって事」
「…な、なんで…?」
「なんでって、お前が言ったんじゃん」
「だ、だけど…」
信じられないものでも見るような目で俺を見上げる柳楽。
そんな柳楽を納得させるべく、できるだけ本音に近い言葉を選ぶ。
「まぁ…なんと言うか…知ってるやつが巻き込まれるのは嫌だし、それを未然に防げるんだったら、やらない理由はないだろ」
つまり、知ってて何もしないで、周りが問題に巻き込まれると寝覚めが悪い、という事だ。
自分勝手で自己満足な理由。
けど、人を助ける理由なんてそんなもんなんじゃないか、と思う。
そんな自己中発言をした俺を見て、柳楽はふっと小さく笑った。
「…相変わらず優しいね、麻月君は」
「相変わらずってなんだよ。あと、優しくない。聞いてただろ?殆ど自己満の理由だぞ?」
「ううん、優しいよ…麻月君は、
と、他人を助けようとしている柳楽が矛盾した事を言った。
他人を助けたいわけじゃない…?
というか、なんかその前に気になる事言ってなかったか…?
「なぁ柳楽、『ずっと』ってどう言う事だ?俺とお前、昔に会った事があるのか?」
思えば、「相変わらず」という単語も、どこか違和感を感じていた。
最初に使ったのは俺の昼飯のパンを見た時、そして、今さっきの事。
言い間違え、で片付ければそれまでだが、柳楽の様子を見るに、そんな簡単に片付けていい問題でもない気がする。
だとすると、俺を見つけたのも
そんな風に思考を巡らせていると、辺りに夜風が吹き始めた。
目の前の銀髪は風に靡き、月明かりが反射してキラキラと光り、柳楽の雰囲気を神秘的にさせる。
そんな柳楽は何かを言おうと口を開くが直ぐに閉じ、言いにくそうに目を逸らすと徐に口を開いた。
「…言い間違えた」
寂しそうな顔で、柳楽はそう言った。
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