夜の怪奇現象(2)

 明らかに挙動不審な人影は、もはや不審者と言って差し支えなかった。

 ザッザッ、と柳楽は態とらしく足音を立て、不審者に近付いていく。俺も取り敢えず、柳楽に黙って着いていく事にする。

 音に気付いた不審者は俺たちの方を見て、間抜けな顔を晒した。

 …あれ?こいつ、俺の財布を届けてくれた茶髪じゃね?

 そんな風に茶髪を見ていると、タイミングを見計らった柳楽は茶髪に話し掛ける。


 「ちょっといいかな?」


 「…な、なんだよお前…」


 「UFO、探しに来たの?」


 えぇ…そんなド直球に聞いちゃうのかよ…。

 そんなストレートな問い掛けに、茶髪は怪訝な顔をする。


 「…UFO?なんで俺がそんなもの探しに来なきゃならないんだよ」


 「じゃあ、何しに来たの?」


 「何って…忘れ物だよ。忘れ物取りに来たんだよ」


 そう言って茶髪は柳楽から、一歩距離を取る。

 あのー、柳楽さん?犯人も多分、バカじゃないから、もうちょっと捻った質問しないとダメだと思うんだけど…。

 そう思い、柳楽に視線を送ると、柳楽はまた態とらしくため息を吐いて、さっきの袋に入ったUFOを取り出す。


 「…そっか、じゃあこれを探しに来たわけじゃないんだ」


 「っ?!」


 「しょうがない。明日先生に渡す事にするよ」


 「…何が目的だ」


 探るような振る舞いから一気に敵対心を剥き出しにする茶髪。

 うわぁ…なかなかエゲツない話の運び方するなぁ…。

 やっぱりこいつを敵に回すのはやめておこう。

 まぁでも、これでUFOは茶髪の私物だって事が殆ど確定したな。

 見るからに苛立っている茶髪に向かって、柳楽は淡々とした口調で話を続ける。


 「そう言うって事は、やっぱりこれは君のなんだね?」


 「だったら何?」


 「お願いがあるんだけど」


 「…お願い?」


 「君って、物を自由に浮かせられるんじゃない?」


 「なっ…」


 「ごめんね。私のせいでUFOが壊れちゃって」


 「は?お前のせ…あっ」


 しまった、と言わんばかりの顔で口を噤む茶髪。

 しかし、UFOを茶髪が浮かせていた、という事実がさっきの一言で十分にわかってしまった。


 「…お願いって言うのはね、その能力をできるだけ人前で使わないで欲しいの。目立つ行動も、できるだけ避けてくれないかな?」


 「なんでだよ。これからマジックみたいな感じでネタとして使っていこうと思ってたのに」


 「世間に見つかったら生体実験とかされちゃうかもよ?」


 「問題ないだろ。まず超能力とか誰が信じるんだって話だよ。取り敢えず、早くそれ返してくれ」


 茶髪は柳楽の持っている袋を指差して、一歩近付いた。

 確かに一理あるな。

 まず能力とか言われても、信じるやつがどれくらいいるかって話だよな。いや、いないだろう。

 …というか、思ってたよりもこの茶髪、喧嘩腰だな。俺と話してた時のイケメンはどこに行ったんだ?

 そんな茶髪から、柳楽は一歩退く。


 「…お願い、聞いてくれる気はない?」


 「なんでお前が俺を気にかけてんだよ。関係ないだろ?」


 もはやイライラを隠す気がない茶髪は、舌打ちをして柳楽を睨みつけた。

 ちょ、ちょっと待てよ。ほんとに喧嘩でも起きそうな雰囲気になってないか?

 柳楽も喧嘩は本望じゃないだろう。

 そんな風に思いながら柳楽を見ると、柳楽は袋を鞄に仕舞い、茶髪を見た。


 「じゃあ、返さない」



 パンッッッッッ!!!!!!!



 柳楽が言った瞬間、柳楽の足元のアスファルトから、何かが弾けたような、砕けたような音が鳴り響いた。

 慌てて柳楽を見ると、特に何かやられた痕はないが、少しだけ驚いたような顔をしていた。


 「最後通牒だ…」


 低い声がハッキリと耳に響いて来る。


 「それ、返せよ」


 そう言った茶髪の横には、小さな石が二、三個フヨフヨと浮いていた。

 おいおいおいおいおいおいマジかよ?!

 さっきのデカい音って石かよ?!洒落にならねぇぞ?!

 そんな風に俺が焦っていると、柳楽は鞄を漁って、中からノートを一冊取り出し丸めて、茶髪に向き直る。


 「お願い聞いてくれるなら」


 「っ…!」


 淡々と、無表情で告げる柳楽を見て、茶髪は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 脅せば言う事聞いてくれると思ったのだろうか。

 だとしたら、茶髪に喧嘩をする意思はないって事にならないだろうか?

 ならまだ、話し合いで解決できるんじゃないか?

 そう、思った時だった。


 「どうしたの、その顔。脅せば言う事聞くと思った?だったら女子だからって甘く見過ぎ」


 柳楽は火に油を注いでいた。

 ちょ?!なんでお前は更に燃料を投下してんの?!


 「っ…あぁ、そうか…よっ!」


 柳楽の挑発に乗ってしまった茶髪は、浮いていた石を柳楽に向かって飛ばす。

 だが、さっきの脅しの一発よりかは弱めで、比較的避けやすい速度だった。

 やっぱり茶髪からは本気で柳楽を攻撃する意志が感じられない。


 「よっとっ…!」


 もちろん、そんなものを柳楽が素直に受けるはずもなく、軽々と避けていく。


 「ちっ!」


 苛立たしく舌打ちをしながら、茶髪は周りを見渡す。

 そして何かを見つけたのか、はっとした表情になり、柳楽に向き直る。


 「もう知らねぇからな!」


 そう言って、駐輪場の横にあるテニスコートの籠から、テニスボールを十数個浮かせて自分の近くまで移動させる。


 「いいから早く、返せ…よ!」


 そう言って茶髪はテニスボールを柳楽に向かって一球飛ばす。

 その速度はさっきの石と比べるまでもなく早かった。

 ちょ、確かに石よりは殺傷能力低いだろうけども!当たればめちゃくちゃ痛いぞ?!


 「ほいと…」


 そんな間抜けな掛け声と共に、柳楽に向かっていたテニスボールは柳楽の目の前で落下する。

 そのボールが地面に落ちる前にキャッチし、茶髪に向かって投げた。


 「えいっ」


 「なんだよそれ?!ありかよ?!」


 そう叫びながら茶髪は、自分に向かってきたボールを浮かせる。

 いや、お前もそんなんありかよ。


 「お前、なんなんだよ?!」


 「あ、私、能力無効化できるから」


 「チートじゃん!」


 …俺はいったい、何を見せられているのだろうか…。

 てか柳楽って結構動けるのな。俺、必要か?

 俺が今の状況に疑問を抱いている間も、茶髪は飛ばし方を変えたり、柳楽は止めたり避けたりノートで叩き落としたりと、やり取りは続いた。

 マジで俺いらないだろ、と、そんな事を思った時だった。


 「へっ?!」


 柳楽がいきなり転んだ。

 茶髪に比べて、柳楽の方が運動量が多かったから、疲れて足が縺れたのだろうか?

 いや、にしては不自然な転び方だったような…。

 柳楽は肩で息をしながら、右足を見る。


 「っ…何…これ…」


 「あぁ、言い忘れてた」


 珍しく焦った表情をする柳楽に対して、まだまだ余裕そうな茶髪が柳楽に歩いて近づく。


 「俺の能力はさ、別にんだよね」


 「…はぁ…はっ…」


 「まぁ、浮かせる事もできるんだけど、動かしたり、できるんだよね」


 「っ?!」


 あぁ、なるほど。でも止めたのだろうか?

 だとしたらさっきの不自然な転び方にも納得がいく。

 柳楽もそれに気付いたのか、靴に目線をやると、動けるようになっていた。

 しかし、再び柳楽が距離を取ろうと走った時、柳楽はまた不自然な転び方をする。

 …あれ、俺普通に見てるけど、この状況ってマズくね?


 「いっ…」


 「あんた、多分だけど一度に無効化できるのって一つだけだろ?」


 「っ…」


 「さっき四つテニスボール飛ばした時、一番避けるのが難しそうな球だけ落として、あとは避けてたからな。てかそもそも、全部無効化できるなら避ける必要ないしな」


 「…はぁ…はぁ…」


 柳楽は体力的にも、もう限界だろう。

 転んで汚れて、息も上がっている。

 そんな柳楽を見て、茶髪は申し訳なさそうな顔をしながら後頭部を掻く。


 「まったく…ほら、取り敢えずUFO返しなよ」


 命だけは助けてやる、みたいな感じだろうか。

 優しい口調で柳楽に話し掛ける。

 柳楽は一つ、深呼吸をしてから茶髪を見上げる。


 「…お願い聞いてくれるならね」


 「…あっそ」


 そう短く吐き捨てて、冷たい視線を柳楽に向けると、背後にテニスボールが数十個浮かぶ。

 …え?その近距離で全ブッパするの?

 ちょ、まっ!さすがにヤバいって!

 俺は全力でダッシュして茶髪の元に行き、茶髪の肩を掴む。


 「まぁまぁまぁまぁまぁ落ち着いて!ちょ、一回落ち着こうぜ?!な?!なっ?!」


 「うおぉぉ?!びっくりしたぁ!いつの間にいたんだよお前?!」


 「最初っからいたわ!」


 「嘘ぉ?!」


 マジで俺って存在感ないんだなぁ…。

 目の前の非現実が現実だと実感していると、茶髪は敵意を俺に向けて来る。


 「んで、あんたもグルなのか?」


 「まぁ…間違いではない」


 「ハッキリしないなぁ…」


 俺の有耶無耶な答えに戦意を削がれたのか、若干敵意が緩くなった気がした。

 ここしかない、と思い、俺は言葉を繋ぐ。


 「まぁ、こいつも言い方が悪かったけど、一応あんたを心配してるんだよ」


 俺は転んで座り込んでいる柳楽を親指で指差しながら、できるだけ茶髪を刺激しないように言葉を選ぶ。


 「こいつ曰く、能力を悪用してるやつが実際にいるみたいだからさ、なんて言うか…お前もそういうやつに見つかって問題に巻き込まれたくないだろ?」


 「…ん、まぁ…」


 「だからまぁ…使うなとは言わないから、控えてくれって感じなんだけど…」


 気まずそうに柳楽を見る茶髪。

 そして、はぁ、と一つ大きなため息を吐くと、背後で浮かべていたテニスボールを籠に戻し始めた。


 「…わかったわかった…」


 おっ?ほらぁ〜。やっぱ話せばわかるやつじゃ〜ん。

 得意げに柳楽を見ると、そんな俺を無視して立ち上がり、鞄から袋を取り出し、茶髪の前まで持っていく。


 「…ごめんね…でも、このままだと大きな問題に巻き込まれちゃうかもしれないから…」


 「わかった約束するよ…もう無闇矢鱈に使わないから」


 「…そっか、ありがと」


 そう言って、相変わらずの表情の乏しい顔で壊れたUFOを差し出す。

 それを受け取った茶髪は気まずそうに、目線を逸らしながら、ゆっくりと口を開いた。


 「…いや、俺も悪かったよ。ここに来る前に、ちょっとムカつく事があってさ。それで…その…カッとなって…」


 「うん、大丈夫。気にしてないから」


 「いや、そこは気にしろよ…」


 若干引き気味に茶髪は笑った。

 そしてグッと背を伸ばし、スマホを見ると、微妙な顔をして俺たちを見る。


 「んじゃまぁ、目的も果たしたし帰るわ。なんか久々に結構な量飛ばしてたから体が怠いわ…」


 「あぁ、あんたもそうなのか」


 「ん?」


 「その、能力使いすぎると体が怠くなるってやつ」


 柳楽もさっき似たような事を言っていたから気にはなっていた。


 「あぁ、前は頭痛が酷かったけどな」


 「へぇ…」


 やっぱり使い過ぎは良くないみたいだな。

 だとすると俺は本当に大丈夫なのだろうか?気付いたらポックリ逝ってないだろうか?

 自分の体を心配していると、茶髪が「そういえば…」と思い出したように言う。


 「あんたら名前は?俺は千桐秋ちぎりしゅう


 「ん?あぁ、俺は麻月春。財布ありがとな」


 「あー…なんか見た事あるなーって思ったらあの時のか…」


 やはり、この茶髪は今朝、俺に財布を届けてくれたイケメンだったようだ。

 さっきのやり取りでイメージは変わったけど…気にしないでおくとしよう。


 「私は柳楽深優。よろしく」


 「おっけ、覚えておくわ」


 じゃあまた学校で、そう言って千桐はUFOを持って帰って行った。

 去り際、袋を浮かせていたが、本当に大丈夫だろうか。

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