第3話 取説ないの?
気がついたら放課後になっていた。
何事も始まりが肝心だ、と言うのに、高校生活が始まってすぐの授業の内容はまるで頭に入ってこなかった。
柳楽と別れてからの周囲の反応は依然と変わらず、やはり俺を見つける事ができていないようだった。
麻月は目の前にいるのに「麻月はどこだ〜?」と呼び続けるやつはいるし、廊下で進行方向に黙って立っていても避けられる事はなくぶつかる。
やっぱり、柳楽が言っていた事は本当の事なんだろうと改めて実感した。
放課後の玄関は騒がしく、活気に溢れている。
これから部活に行く人、このまま遊びに行く人、家に帰ってやりたい事をやる人、様々な人がいるだろう。
俺は部活には入っていないし、これから遊びに行くつもりもない。
ならこのまま家に帰るのか、と聞かれればそういうわけでもない。
俺は靴を履きながら制服のポケットからスマホを取り出し、トーク画面を開く。
『お昼のところで待ってる』
俺のスマホにはそんな短い文章が表示されていた。
「…女子からのメッセージなのに、なんでこんなに嬉しくないんだろう…」
心の声を漏らしながら、重い足取りで駐輪場に向かう。
この学校の駐輪場のルールは、早く来た人から校舎に近い手前の方に自転車を置いていくルールになっている。
だから必然的に、奥の方は自転車が少なく、人も少ない。
そんな駐輪場の最奥の木陰があるスペースに彼女、柳楽深優はいた。
柳楽も近づいてくる俺に気付いた様で、俺を見ると手を胸の前で小さく上げる。
「やっほ」
「やっほ、じゃないわ」
相変わらずの淡々とした口調で挨拶をしながら、柳楽はクスリと笑った。
〜 3、取説ないの? 〜
スーパーマーケット『ヒフレ』。
柳楽が座って話したい、との事だったので、降北高校から歩いて二十分くらいのところにある店に、俺と柳楽は訪れていた。
俺と柳楽はそれぞれ飲み物とお菓子を買い、終わったら店の隅にある休憩スペースに集合という事で、俺は緑茶のペットボトルとグミを開けて柳楽を待っている。
乾いた口内をお茶で潤しながら、レジの人の流れをぼーっと見ていると、ガタッという音と共に、テーブルを挟んだ向かいの席に柳楽は座った。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「いや、別にそんな遅くもないだろ」
「そっか」
言いながら柳楽は、カフェオレの容器にストローを挿し、チューっと一口飲んで、ほっと息を吐いた。
それを見た俺は、いいタイミングだろうと思い、柳楽に問いかける。
「んで、まだ何か用があるのか?」
「…このカフェオレ、もうちょっと甘くならないかな?」
「いや知らん」
柳楽はレジ袋からビスケットの袋を取り出し、開けて一枚小さく齧る。
「言い忘れてた事があって」
「言い忘れてた事?」
ビスケットを食べ終え、真っ直ぐに俺を見る柳楽。
「能力、できれば誰にも言わないでほしい」
と、真面目な顔でそんな事を言ってきた。
…え、それ言うためにわざわざ呼び出したの?
「言わないわ。そもそも、言ったって誰も信じないだろ」
「…それならいいんだけど」
言いながら二枚目のビスケットを齧る。
「あと、できれば使わないで欲しいんだけど」
「いや、止め方わかんないんだよ」
無茶を言わないで欲しい。
できるんだったらもうちょっと楽に生活できてるって。
はぁ、と一つ小さくため息を吐くと、柳楽は何か考える素振りを見せてから、カフェオレのストローを咥える。
「…なんかこう…『止まれ!』みたいに思ったら止まったりしない?」
「授業中にやった」
「やったんだ…」
「ついでに術者っぽく、いろいろ手でポーズも作ってみた」
「うわぁ…」
「うわぁ…、じゃねぇ」
そんなありえないものを見る様な目で見るな。
こっちは真面目なんだぞ。
「結果は変わらず。なんなら授業中に変なポーズを取っても気付かれなかったぞ」
「悲しいね」
「お前、やっぱバカにしてるだろ」
カフェオレを飲みながら俺から目を逸らす柳楽。
図星じゃねぇかオイ。
「…でも、それじゃまた…」
そう小さく呟いた彼女の表情は、まるで何かを恐れているかの様だった。
「また?」
「…あ、ううん、なんでもない」
そう言った柳楽は、やはり気付けばいつも通りの顔だった。
また…?過去に能力を使ってヤバい事でも起こったのか?
でも柳楽の能力は単純に無効化するだけだろ?俺の能力も特別ヤバいってわけでもない。特に危険な事は起こらなそうだけど…。
…まぁ、いいか。取り敢えず話を進めよう。
「能力が自由に使いこなせないと、不便な事があるのか?」
「うーん…科学者に生体実験されちゃうかもよ?」
「急にリアルじゃん」
「
そうでした。
「柳楽はどうやって制御してんの?」
グミを噛みながら、俺は柳楽に聞いてみる。
「うーん…シュワン…みたいな?」
「は?」
「えっと…パッとやる感じ?」
「説明下手!」
なんだよその、感覚で全てを解決してきた天才、みたいな説明の仕方は。
わかんねぇよ。何一つわかんねぇよ。
そんな事を考えていると、柳楽はちょっとだけムッとした顔をこちらに向けてくる。
「しょうがないじゃん。私と麻月君じゃ感覚が違うんだし」
「それ言われたら俺は何も言えねぇ〜…」
俺はがっくりとオーバーな反応をしてみせる。
「…そういえば麻月君、同じ人には能力使ってないみたいだよ」
「…え?そうなの?」
「うん。麻月君が急に現れたって言った日に無効化して以来、私の能力使わなくても普通に麻月君を認識できてるからね」
「はぇ〜…」
面倒な能力の使い方してるのに、二度掛けとか保険は一切掛けないのな。
…なんか、俺がズボラだって言われてるみたいだな…。
ん?二度掛けしてないって事は…。
「なぁ柳楽」
「ん?」
「お前の能力一人ずつ掛けてったら問題は解決するんじゃないの?」
「…やだ、めんどくさい」
「えぇ…」
なんだこいつ。
「それに、何回も使うと頭痛くなるし、身体がだるい感じするからあんまり使いたくない」
「なるほど…」
マジックポイントとかスキルポイント、みたいな制約があるのかな?使うたびに寿命削ってる、みたいなだと洒落にならない。
だとすると無駄遣いはよろしくないか…。
…あれ?ちょっと待てよ…。
「…俺、能力使いっぱなしだけど大丈夫なのか?」
俺、死なない?
「今までが大丈夫なら大丈夫なんじゃない?」
「適当だな…」
「だって、そんなに凄い能力ってわけでもないでしょ?」
「くそっ!なんでこんな地味な能力なんだ!」
どうせなら空とか飛んだりビームとか出してみたかった!
「…こんなもの、無い方がいいよ」
そう言って柳楽は、頬杖を付きながらレジの人だかりを見ていた。
その表情から読み取れる感情はなく、ただただ無表情だった。
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