第2話 柳楽深優

 ここ、降北(こうほく)高校は、一階が職員室や保健室、体育館、購買などの施設があり、生徒の教室は二階以上にある造りになっている。A組からF組にそれぞれの学年があり、二階には三年生の教室。そして三階には二年生の教室があり、一年生は最上階の四階にある。

 昼休みを告げるチャイムが鳴り、急いで教室を出て、階段を二段飛ばしで下りる。

 四階から一階までの階段の長さはそこそこにあり、下りるだけでも若干息が上がっていた。

 購買で昼飯用のパンを一つ買い、玄関を出て、駐輪場に向かう。

 自転車が並んでいる施設の最奥、木陰の下にお目当ての人物を見つけた。


 「あ、来てくれた」


 綺麗なプラチナブロンドの女子生徒。

 自称の異常者で、俺に話しかける事ができた唯一の人物が、近くのコンクリートブロックに座っていた。




 〜 2、柳楽深優 〜



 まだ始まったばかりの四月の風、過ごしやすい気温、青空に程よく存在する白い雲。

 こんなにもいい天気の日に、女の子と外で昼飯を食べる。なんて理想的なシチュエーションなんだ。

 …話の内容を除けば、だがな。

 俺は今から話す内容について思考を巡らせ、ため息を吐く。

 すると目の前の女子生徒は不思議そうに俺を見て呟いた。


 「お昼ご飯、それだけ?」


 透き通る様な髪を揺らし、俺の手にあるタマゴコッペパンを指差しながら、彼女は小首を傾げた。


 「…相変わらずだね…」


 「いや、相変わらずってなんだよ。俺とお前は初対面だわ…てかそうだ!名前だよ!なんでか知らないけど、お前は俺の名前知ってるけど、俺はお前の事何も知らないんだけど?!」


 そう言うと、女子生徒は黙って俺を見つめてくる。その表情からは何かを読み取る事は出来ず、俺は思わず一歩、身を引いてしまった。


 「…そっか、初対面だったね」


 淡々とした口調でそう言う女子生徒は、寂しそうな顔をしたかと思うと、それは一瞬だけで、相変わらずの感情表現の乏しい表情がそこにあるだけだった。

 恐らく気のせいだったんだろう。

 俺がそう結論づけると同時に、女子生徒は立ち上がり、俺と目を合わせる。


 「一年A組、柳楽深優なぎらみゆ


 「えっと…一年F組、麻月春」


 名前だけ言うと、柳楽はじっとこちらを見てくるだけだったので、俺は気まずさから思わず普通に自己紹介をしてしまった。


 「うん、よろしくね」


 そう言って小さく微笑むと、彼女…柳楽はコンクリートブロックに座り直し、もう一度俺を見て、隣のブロックをポンポンと叩く。

 …座れ、と?近くね?


 「まぁ、じゃあ…」


 ハッキリしない返事と共に、柳楽の隣に腰を下ろす。

 それを確認した柳楽は俺のいない隣の方に置いてあった弁当箱を空けて、食べ始めてしまった。

 え、お話は?お話ししてくれるんじゃないの?


 「な、なぁ、話の続きは?」


 「…続き?」


 卵焼きを口に運び、キョトンとした顔をする柳楽。

 おま、ふざけんなよ?


 「いや、能力がどうとかって話の続きするんじゃないのかよ?」


 「…あ、そっか」


 「おい」


 「あ、そっか」じゃねぇよ。


 「えっと…どこまで話したんだっけ?」


 「あれだよ…あのー、俺も能力者だー的な事言ってなかったか?」


 「あ、そうだった」


 そう言いながら、今度はブロッコリーを口に運ぶ柳楽。

 マイペースなやつだなぁ…。

 俺が呆れがちにため息を吐くと、柳楽は水筒のお茶を一口飲んで、一息ついてから口を開いた。


 「うん、麻月君も能力者って話だったね」


 「いまいち信じれない話だけど…とりあえず、俺の能力ってなんなの?」


 今まで普通の人生を歩んできたつもりだが、俺はどこかで天才的な能力を発揮しただろうか?超人的な能力を発動しただろうか?

 自慢じゃないが、学習能力も運動能力も、平均くらいの凡人だ。言ってて悲しくなるけど。

 そんな俺が能力者、とかなんの冗談だよって話だ。


 「えっと、麻月君はだね」


 「……………………は?」


 あっけらかんと言ってみせる彼女を前に、俺は反応に困ってしまう。

 えぇ…何その弱そうな能力…。というか得しなそう…。てか弱そう…。もうちょっと強そうな設定にしてくれよ…。

 そんな風に、告げられた能力の内容にケチをつける俺を置いて、柳楽は話を続ける。


 「自分の事、影が薄いって思ってない?」


 「え?あぁ、まぁ…」


 「それが君の能力だよ」


 「は?何言ってんだお前?」


 こいつ、人が気にしてる事弄って喧嘩売ってんのか?


 「麻月君が何かアクションを起こさないと、みんなは麻月君を見つけられないんでしょ?」


 「まぁ、そうだな」


 「それってさ、麻月君の能力で、存在感がにされてるからだよ」


 「お前バカにしてるだろ」


 普通にディスってるだけじゃないのかこいつ。絶対そうだろ。いやもうそうとしか思えない。

 そんな風に思っていると、柳楽は呆れた様子でため息を吐いた。


 「バカにしてるわけじゃないよ。だってその証拠に私がいるんだから」


 「…証拠…?」


 「そ、証拠」


 言いながら柳楽はプチトマトを口に運び、咀嚼し、ゆっくりと飲み込んだ。


 「私、麻月君を見つけたでしょ?それは私の能力を使った結果で、麻月君がその能力を使っていた証拠だよ」


 「それは…偶々じゃないのか?」


 「じゃあ私以外が、、麻月君を見つけられていない、と?」


 「そ、それは…」


 言われて言葉に詰まってしまう。

 確かに他が俺を見つけられないのに、柳楽だけ見つける事ができたっていうのはちょっと不自然だ。

 不自然…だけども…。

 能力、なんて非現実的なものをすんなりと受け入れられるほど、俺は心に余裕を持っていない。


 「麻月君、暗い性格ってわけでもないし、コミュニケーションに問題があるわけじゃないよね?」


 「まぁな。なんなら明るく振る舞って空回ってるまである」


 「ダメじゃん」


 「うるせぇ」


 こっちだって色々試してるんだよ。


 「まぁ、それはどうでもいいとして」


 「おい、人の努力をどうでもいい、で片付けるな」


 「影が薄いっていうのはさ、元気がないとか静かとか、目立たないって事なんだよ」


 「聞いてないし…いや、さすがに意味は知ってるよ」


 「麻月君は普通にコミュニケーション取るし、どっちかっていうと明るい性格だし、静かっていうよりうるさいよね?」


 「おい、最後普通に悪口じゃねぇか」


 「でもみんなに気付いてもらえず一人ぼっちのまま」


 「ちょっと待て、ボッチじゃないから」


 友達がいないわけじゃないし、普通にクラスにも仲いいやついるからな!


 「それってさ、存在感がないんじゃなくて、んだよ」


 「…」


 「そして、それを私がした」


 「…あぁ、そういえば…」


 こいつの能力は、能力を無効化する能力とか言ってたっけ。


 「つまり、俺の能力を無効化しているから、お前は俺を見つける事ができた、と?」


 「うん」


 なるほど、ちょっとだけ信憑性が高くなってきた。

 けど、少しだけ気になる事がある。


 「俺の能力を無効化したなら、みんな俺の事、普通に見えるんじゃないのか?」


 「えっとね、説明が難しいんだけど…私の能力は同時に複数を無効化できるわけじゃなくて、単体にしか使えないの」


 あれ?なんか若干話が噛み合ってない気がするんだが…。


 「え?いや、俺が俺自身の存在感を能力でなくしてるんだよな?だったら俺に掛かってる、俺の能力単体を無効にしたらみんな見えるんじゃないの?」


 「…あ、そう言う事か。ごめん、私の言い方が悪かった。えっとね、多分だけど、麻月君はをなくしてるわけじゃなくて、をなくしてるんだよ」


 「………はぁ?」


 「だって麻月君に私の能力使っても、全然見えてこないんだもん」


 そう言いながら不満そうにする柳楽。

 つまり、他人に俺が能力を掛けているって事…?え…?


 「なんでそんなめんどくさい事してんだよ…」


 「いや、私に言われてもわからないよ」


 「えぇ…」


 「なんか、前に『俺に構って欲しくない』みたいな事を強く思ったりしたんじゃない?」


 「いや、そんな事…」


 そんな事ない、そう言いかけて俺は言葉に詰まった。

 …あったわ。そういえば中二くらいの時に似た様な事思った気がする。

 思えば影が薄いって感じたのも中二くらいからだったよな。という事は、その時から能力が常時発動してるって事…?


 「え、どうやって止めんの?」


 「私、麻月君じゃないからわからないよ」


 「えぇ…」


 さっきまで自信満々に語ってたじゃんお前。

 なんでそういう大事なところはわからないんだよ。

 中学生でももうちょっとまともに設定考えてるぞ。


 …いや、からわからないのか…?

 わからない。ただ単に考えていなかっただけかもしれないし、あえてわからないふりをしているだけかもしれない。


 「まだ信じてくれない?」


 そう言って柳楽は弁当箱に蓋をして、片付け始めた。

 え?食い終わったの?俺、食ってる暇なかったんだけど?


 「どう?」


 柳楽は弁当箱を隣に置いてから俺に向き直り、真面目な雰囲気でじっと見つめてくる。

 見つめてくる目はまっすぐで、どうにも嘘をついている様には見えなかった。


 「…わかった。信じるよ」


 だから俺は、信じるしかなかった。


 「…そ、よかった…」


 そう言って柳楽が胸を撫で下ろした事により、場の空気は一気に弛緩した。

 気が抜けた事により腹が減ってきたため、俺はタマゴコッペパンの袋を開けて頬張ながら今の話を頭の中で整理させる。

 俺の能力は存在感を操る能力。んで、その能力を俺は他人に振り撒いていた、と。それで、俺の能力を無効化したから柳楽は俺を見つけられた。でもそれは柳楽に掛かっていた俺の能力を無効化したから見えているだけで、他の人はまだ、俺の能力が掛かった状態だ、と。

 …うん、わけわからん。 

 そもそもなんで俺は、そんな面倒な能力の使い方をしているのかって話なんだよなぁ…。

 まぁ、そのおかげで柳楽と俺は知り合えたんだけど…ん?


 「なぁ柳楽」


 「ん?」


 「そういえばお前、なんで俺の事知ってんの?」


 そういえば一番最初に会った時から気になっていた事だったな、と今更になって思い出した。

 柳楽は一瞬考える素振りを見せ、俺を一瞥すると、大きくため息を吐いた。

 え、なんなの?


 「…私さ、一日一回適当な時に、念の為、みたいな感じで自分に対して自分の能力使うんだけど…」


 「ほう」


 「二日前だったかな、学校で能力使ったら…廊下で麻月君がいきなり現れた…」


 「何それ怖い」


 「君だよ」


 な、なるほど…。


 「だから気になって調べたんだよね。私と同じ能力者なんじゃないかって」


 そりゃそんな気味の悪い現れ方したら、気になって調べるよな。


 「…なんかごめん」


 「別にいいよ。おかげで仲間ができたんだから」


 そう言って柳楽は笑って見せた。

 …こいつ、別に無表情ってわけじゃないんだよな。


 「あ、そうだ。連絡先交換しようよ」


 「え、そういうのはマネージャー通してもらっていいですか?」


 「何わけわかんない事言ってるの。いいから早くスマホ出して」


 はい、と左手を目の前に出されたため、俺は大人しくスマホのロックを解除して渡した。

 柳楽は慣れた手つきでスマホを操作し、一分と経たないうちにスマホは俺の手元に返ってきた。


 「それじゃ麻月君。また後でね」


 「ん、りょーかーい」


 俺の返事を聞いて、柳楽は校舎に向かっていった。

 さて、俺もさっさと飯食って授業の準備でもしますかね。

 …ん?また


 「えっ、ちょ?!」


 気付いた頃にはもう遅く、急いで呼び止めようとしたが、柳楽の姿はもうそこにはなかった。


 「え、えぇ…」


 『後で』って事は、まだ何かあるって事?

 今日はもう疲れたからお家に帰りたいです…。

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