影の薄さ(2)

 正直、という事実に驚きを隠せないでいる。

 だって俺だよ?

 中学の修学旅行で、危うくバスに置いてかれそうになった俺だよ?

 こっちから話しかけないと認知してくれない俺だよ?

 …やばい、言ってて悲しくなってきちゃった。

 にしても、だ…。


 「…?どうしたの?」


 「あ、いや…」


 なんでこの子は俺に話しかけてきたんだ?

 いや、そもそも、どうして俺に話しかけれたんだろう。

 思っている事は厨二病の人みたいだが、ここ最近話しかけられた事がないのは事実なので仕方がない。


 「君はアレ、興味ないの?」


 「え?アレって?」


 「…」


 スッと何も言わずに教室の窓の方を指差す。

 そこにはさっきのUFOがまだ飛び回っていた。

 まだやってたのかよ。そろそろ大人に怒られるぞ。


 「いや、興味ない事はないけど…どうせラジコンかなんかだろ」


 「違うよ」


 ハッキリと、迷う事なく彼女は即答した。


 「えぇ…」


 「何?その反応」


 「いや、やけに自信持ってるなって」


 「だってあれ、の仕業だから」


 あーね、なるほどね、能力者ね…。


 「ちなみに、私もその一人だよ」


 「………………………………………」


 「何?その顔」


 「え、あーいや、うん、そーゆー事ね。うんオッケー理解した」


 「絶対信じてないでしょ」


 いや、信じてる信じてる。アレだろ?そういう年頃なんだろ?

 俺は結構理解ある方だから。こういうのは素直にのってあげるのが一番穏便に済ませられる。


 「…言っておくけど、思春期特有の病気とかじゃないからね」


 「オッケーオッケーわかってるから」


 「…………はぁ」


 なぜかため息を吐かれてしまった。

 えぇ…これ、俺が悪いの?

 そんな事を思っていると、女子生徒はスッとまた、UFOの方を指差しながら俺を見る。

 その顔には、若干の呆れが混じっていた。

 いやだからなんでやねん。


 「見てて。私が言ってる事、ほんとだって証明するから」


 「いや無理しなくてもい___」


 「いいから」


 淡々とした口調だが、どこからか有無を言わせぬ圧を感じて、俺はそれ以上言葉を紡ぐ事をやめて、大人しくUFOを見る。

 相変わらず糸なんかの小細工では不可能なほど自由に動き回っているし、ラジコンにしては動きが安定しすぎている。

 まぁ、上手いやつが操縦しているって言われればそれまでなんだが、一番可能性があるとすればその説だろう。

 そんな風に考えながら、ぼーっと窓の外を見ている時だった。




 パンッ。




 廊下に乾いた音が鳴り響いた。

 びっくりして音の鳴った方を向くと、プラチナブロンド の女子生徒が胸の前で両の手を小さく合わせていた。


 「…何してんの?」


 「ちょっと、ちゃんと見てなきゃダメでしょ」


 「いやお前のそれでびっくりしたんだ___」




 ガシャンッ!




 そうやって彼女と言い合っていると、そんな不快な音と同時に何やら教室の方が騒がしくなってきているのがわかった。

 窓の外に、さっきのUFOはいない。

 「え?!落ちたぞ?!」

 「壊れちゃった?!」

 「中に何もないじゃん」

 「なんだラジコンかよ」

 そんな声がちらほらと周囲から聞こえてくる。

 UFOが落ちた…?


 「ね?」


 横から声をかけられてそっちを振り向く。

 そこにいるのは、さっきまで能力者がどうのこうのと言っていたプラチナブロンドの女の子。

 然も当然だとでも言うような表情で、じっと俺を見ていた。

 UFOを落としたのは…この子…?


 「信じてくれた?」


 「今の…お前がやったのか…?」


 「うん。まぁ、私がやったというか、なっちゃったというか…うーん…」


 なにやらハッキリしない物言いだが、彼女は焦ったり動揺したりする様子は見せず、冷静に次の言葉を考えている様子だった。

 そして何か思いついたのか、一つ頷くと、再度俺と目を合わせる。


 「私の能力は能力。さっきのはUFOに掛かっていた能力を無効化したの。だから落ちたのは私のせいだけど、落としたのは私じゃないよ」


 相変わらず淡々とした口調で非現実的な事を言う女子生徒。

 俺が何を言うべきか迷っていると、女子生徒は一歩俺に近づいてくる。なんか甘い香りがした。


 「信じてくれた?」


 「いや、たまたまタイミングが重なっただけじゃ___」


 「ほんとにそう思う?」


 「…」


 多分、彼女が言っている事は本当の事なんだと思う。

 彼女が手を叩いたタイミングで都合よくUFOが落ちたのは偶然だ、と片付けるのは簡単だ。けどそんな厨二患者に都合の良い出来事なんてそうそう起こらないはずだ。

 そんな風に考えていると、女子生徒は大きくため息を吐いた。


 「まだ疑ってるの?」


 「いや、信じろって言われても…」


 「ボディーチェックでもする?」


 「いや、しないから」


 どうぞお好きなように、と腕を大きく広げて見せる女子生徒。

 お前、男子にそういう事言うのやめろよ。ちょっとドキッとしちゃっただろ。


 「…私、君に話しかけたよね?」


 腕を下ろしながら呆れ顔で問いかけてくる。


 「え?あぁ、うん」


 「『話しかけられたのは偶然だ』って思ってる?」


 「まぁ、それはそうだけど…」


 「…ごめん、言い方が違ったかな。『見つけられたのは偶然だ』って思ってる?」


 「…は?」


 ちょっと待ってくれ。その言い方だと、って事になる。

 いや、影の薄さが通用しないってなんだよ。でも今までのことを考えると、という事実が不自然でしょうがない。


 「私があなたを見つけられたのは、だからだよ」


 「は?!」




 キーンコーンカーンコーン。




 無駄に考えている時間が多かったせいか、聞きたい事も気になっている事も解決しないまま、朝のホームルームが始まるチャイムが鳴ってしまった。


 「あ、教室戻らないとだね」


 そう言う彼女は相変わらず淡々としていた。


 「ちょ、ちょっと待って!」


 「昼休み」


 「…え?」


 「もし話の続きがしたいって思ってくれてるなら、昼休み、お弁当持って駐輪場に来てよ」


 「駐輪場…?」


 「うん。あそこなら人来ないだろうし」


 じゃあね、と最後に小さく笑ってから彼女は自分の教室があるであろう方向に歩いて行ってしまった。

 …俺も取り敢えず教室に戻ろう。

 そう思って一歩踏み出した時、ある事に気付いた。

 俺、あいつの名前知らねぇ。

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