241 ジャクリーヌのお茶会へ
◆
「本日はお招き戴きありがとうございます。ゼンボルグ公爵令嬢マリエットローズ・ジエンドです」
私はジャクリーヌ様とモーペリエン侯爵夫人の前で、拳を握って震えを抑え込み、背筋を伸ばして堂々と、なけなしの気品を総動員しながら、公爵令嬢として微笑み、挨拶をした。
もちろん、私の方が身分が上だし、立場も上だと示すようにカーテシーはしない。
場所はモーペリエン侯爵家の王都のお屋敷。
何をしに訪れたのかと言えば、モーペリエン侯爵令嬢ジャクリーヌ様のご招待で、ジャクリーヌ様主催のお茶会に参加するため。
お父様が取り出した三通目の手紙が、この招待状だったと言うわけね。
もちろん、この招待に応じることに危険はあるわ。
何しろ敵の腹の中。
モーペリエン侯爵が短絡的な真似をしでかす可能性はゼロではないんだから。
でも、お父様の見立てでは、その可能性はかなり低く、ほぼ安全だろうとのこと。
その根拠は、よほどでない限り自分の屋敷へ招いた上でそんな真似はしないし、何より招待状がジャクリーヌ様の名前で出されていたから。
目的は恐らく私に嫌がらせをして、レオナード殿下との結婚を諦めさせること。
だからジャクリーヌ様の思惑で開かれたお茶会で、モーペリエン侯爵の積極的な意図ではない可能性が高い。
そこでもし私を襲撃して殺害や、お茶やお菓子に毒を入れて毒殺したとなれば、モーペリエン侯爵家のみならずジャクリーヌ様の名前に致命的な傷が付く。
今後、どの派閥のご令嬢もジャクリーヌ様の招待には絶対に応じなくなり、横の繋がりを持てなくなるわ。
ましてや王都で公爵令嬢を殺害したなんて、さすがに王家も黙っていないはずよ。
すでに釘を刺している以上、王家の面子を潰すことになるんだもの。
そうなれば、レオナード殿下はおろか、どの貴族家のご令息との結婚も絶望的ね。
それが嫌なら、私を無傷で帰さないといけない。
モーペリエン侯爵もさすがにそこまで馬鹿ではないらしいわ。
しかもまだ包囲網は構築中で、その影響は直接出ていないから、形振り構わず仕掛けてくるほど追い詰められているわけじゃない。
もちろん、お母様は大反対したけどね。
でも、お父様曰く。
『今後貴族社会で公爵令嬢として生きるのなら、この程度こなしてみせなさい』
だそうよ。
モーペリエン侯爵家に与えられた恐怖は、トラウマになる前にすぐさまモーペリエン侯爵家をやり込めることで払拭して、苦手意識を克服しておきなさい、と言うことだと思う。
しかも敵の本拠地に乗り込んだ上で、格の違いを見せつける形で。
お父様は普段とても優しいけど、貴族教育となると結構スパルタよね。
でも、比較的安全なうちにその手の経験をしておきなさいと言う、優しさでもあると思うわ。
「ふふ、上出来よマリー」
隣に立つお母様が、私にだけ聞こえる小さな声で、楽しげに言う。
私のなけなしの気品が予想外だったのか、ジャクリーヌ様もモーペリエン侯爵夫人も、唖然、呆然として、私を見つめていたから。
どれだけ礼儀知らずの田舎者と思われていたのかしらね。
それに、初めてお茶会をした時みたいに、エマ達がそれはもう気合いを入れて私を磨き上げ、ドレスとアクセを選んで、髪を整えお化粧をしてくれたもの。
ドレスが令嬢の戦闘服とは、言い得て妙だわ。
そのエマも、今は私の後ろで公爵令嬢のお付きメイドに相応しく、きちんと控えている。
さらに、護衛として付いてきてくれたアラベルも、凛として頼もしいわ。
モーペリエン侯爵家の騎士達と比べても、姿勢から立ち居振る舞い、険しい視線、醸し出す雰囲気まで、格が違うとでも言えばいいのかしら、アラベルの方が頼り甲斐があって格好いいの。
だから、全ての要素において、私達の勝ち。
まずは先制攻撃成功ね。
「……会場へご案内します」
それからモーペリエン侯爵家のメイドに案内されて、お茶会の会場へ入る。
会場は、日当たりが良く中庭を眺められる、豪華な応接室だった。
そこにはすでにご令嬢が三人、席に着いていて、ジロジロと無遠慮な、品定めするような視線を向けてくる。
間違いなく、モーペリエン侯爵派の貴族家のご令嬢達ね。
完全にアウェー。
寄って集って私を袋叩きにするつもりなのが見え見えだ。
もしこれが初めてのお茶会だったなら、そして私が普通の七歳の女の子だったなら、緊張と不安で気後れしていたところでしょうけど……。
でも、小さな子達がキャンキャン言ってきてもね?
大人の余裕で受け流せるわ。
しかも私には、あのクリスティーヌ様、ミシュリーヌ様、ソフィア様を見事楽しませた実績があるのよ。
やり込める算段を立てて乗り込んできたこともあるし、恐れるものは何もない。
だから私は澄まし顔で席に着く。
だけど、私のその平然とした態度は、どうやらこの三人の癇に障ったらしい。
「ふぅん、あなたがあの田舎のご令嬢ねぇ?」
「王都まで出しゃばってくるなんて、なんて図々しいのかしら」
「公爵なんて言っても、所詮は田舎貴族じゃない。ジャクリーヌ様の足下にも及ばないわ」
ジャクリーヌ様はまだ会場には来ていなくて、お茶会は始まってもいないのに、早速意地悪が始まったみたい。
しかも無作法なことに、自己紹介も挨拶もなしで。
自分が来るまでに一発かましておきなさいと言うジャクリーヌ様の指示なのか。
それとも、彼女達の忖度なのか。
いずれにせよ、会社で同僚の女性社員達からネチネチと言いがかりを付けられることに比べたら、可愛らしいものよ。
だから、ただ黙ってにっこりと微笑む。
『あらあら、躾のなっていない騒がしい子犬ちゃん達ね。そんなことを言っては、はしたなくてよ。静かになさい』
みたいな感じに、優しく、けれど圧を込めて。
「「「……」」」
途端に、気圧されたように私から目を逸らして静かになる三人。
さすが
前世の地味子さんだった私では、こうはいかないわね。
「待たせたわ、ね……?」
満を持して登場のジャクリーヌ様、そしてモーペリエン侯爵夫人。
二人が静まり返った場の雰囲気に戸惑う。
ちなみに、ここでも数メートル離れた位置に母親席があって、お母様は楽しげに澄まし顔。
他の三人の母親達は、生唾を飲み込んで私を見ていた。
自分で決めたこととはいえ、最初はこのお茶会に参加することに不安や気後れがあったけど……。
こうなると、俄然楽しくなってきたわね。
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ここまでお読み頂きありがとうございます。
また、レビュー、応援、コメント、誤字脱字報告、ギフトをありがとうございます。
個別に返信はしていませんが、ちゃんと全て読んでいます。
様々な着眼点があり、面白く参考になり、とても励みになっています。
第二部は244話まで続きます。
もう一息、お付き合い下さい。
それで第二部終了に先立ち、今更ではありますが、第一部、第二部と章タイトルを入れました。
第三部へ向けて、話の区切りを明確にしておこうかと思いまして。
それと感想で頂きましたが、ご指摘の通り、望遠鏡の発明は史実に基づくと作中の時代よりおよそ三百年くらい先の話になります。
ですが、どの勢力にとっても都合がいいので、割り切ってあることにしています。
これも今更ですが、マリーの発明品の一つにしても良かったかも知れませんね。
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