212 次のお茶会の約束



 これで特産品増産のさらなる後押しは成功ね。

 だってみんなこれだけ美味しそうに食べてくれたんだもの。


 特にクリスティーヌ様のリチィレーン侯爵家には、ゼンボルグ公爵家うちの通達を軽く見ていて、さらに不穏な動きがあったから、釘を刺すと同時に通達の真意が伝わったはず。

 果たしてこれで今後どう動き、増産のためにどれだけ力を入れられるか。


 チラリとリチィレーン侯爵夫人を見れば、ふと目が合った。

 その顔がわずかに引きつっている。


 だから念押しするように極上のスマイルを見せたら、リチィレーン侯爵夫人の頬が益々引きつって強ばった。

 結果が楽しみね。


 最後の一口を食べて、ケーキの甘さに合わせた濃いめの紅茶で、口の中の甘さをさっぱり洗い流す。


「美味しかったですわ……」

「うん、すっごく美味しかった」

「はぁ……こんなに美味しいお菓子、夢みたい……」


 みんなも食べ終わったみたいで、三者三様、名残惜しそうに、大満足そうに、反芻するように、うっとり夢心地だ。


「エマ、ここはフルールに任せて、別室に案内して差し上げて」

「はい、お嬢様」

「その後、厨房へ行って――」


 エマにはお付き侍女とお付きメイド達を、クッキーと苺のショートケーキを用意してある別室へと案内して貰う。


 やっと自分達も食べられる。

 そんな風に、期待と喜びを滲ませながら、お付き侍女とお付きメイド達はいそいそとエマに付いていった。


 主人の目がないそこで、職務を忘れて存分に味わって欲しいわ。

 だけど、歓喜の声がここまで聞こえてこないようにだけは気を付けてね?


「あ、あ、あの……」

「はい、なんでしょうソフィア様?」


 ソフィア様が俯くとモジモジして、チラチラと私の顔色を窺ってくる。


「も、もし……レシピを教えて貰えて、うちも、ショートケーキを作ったら……マ、マリエットローズ様、食べてくれますか?」

「わぁ、いいんですか!? それは是非!」


 同じお菓子作りが趣味のソフィア様が作ったショートケーキ。

 すごく興味があるわ。


「お互いに作ったスイーツを持ち寄ってお茶会するのも素敵ですね」

「……!」


 バッと顔を上げて頬を桜色に染めると、ソフィア様がそれはもう嬉しそうに何度もコクコクと頷く。


 その時は、お試しで作っていた新作を完成させて持って行きたいわね。

 結局、なかなか上手くいかなくて、今回は間に合わなかったから。


「ずるいですわ、わたくしも!」


 クリスティーヌ様が身を乗り出すようにして、参加を表明してくれる。


「アタシもアタシも! 作るの苦手だけどなんか考える!」


 ミシュリーヌ様も元気いっぱい手を挙げた。


「はい、またみんなで集まってお茶会しましょう」

「やったー!」

「う、うん……!」

「約束ですわよ!」


 なんだか頬がムズムズして、笑顔が零れてしまう。


 次のお茶会の約束。

 これって、お友達になれた、そう思っていいわよね?


 案ずるより産むが易し。

 難しく考えなくても、こうしてスイーツを楽しんで、お喋りして、またねって約束すれば、子供にとってはもう立派にお友達じゃないかしら。


 お母様をチラリと見れば、笑顔で頷いてくれる。


 良かった。

 これでお父様やお母様の自省や懸念も、少しは払拭出来たわよね。


 それからは、スイーツに満足して落ち着いたおかげで、あれやこれやと話題が変わりながら、他愛ないお喋りが続く。


「わたくし、物語も好きなのですけど、最近は美術に関する本を読み始めましたわ。時代ごとに流行やセンスが――――近年は宗教画ばかりではなく――――写実的な描写を――――ところでマリエットローズ様はどのような本を読まれますの?」

「私も物語は好きですね。他に歴史書や地理書なども。歴史と時代の移り変わりを想像しながら読むと、歴史も壮大な物語だと感じて楽しいです」

「まあ、歴史が壮大な物語……素敵な感性ですわ」


 改めて趣味のこと、勉強のこと、日々過ごしていること、読んだ本のこと。


「あ……その、うち、作ってみたいお菓子があって……」

「どんなお菓子ですか?」

「うちの侍女がまた食べてみたいって言っていたお菓子で……卵と砂糖をいっぱい使った、スポンジケーキみたいなふわふわの、黄色いシンプルな甘いお菓子らしくて……名前がカス……なんとか、と。作ってあげたくても、分からなくて」

「それは……カステラかしら?」

「! それ! 多分それです!」

「それなら多分、作れると思います。侍女のためにお菓子を作ってあげたいだなんて、ソフィア様はお優しいのですね」

「そ、そんな、うちなんて……いつも助けて貰ってばかりだから」


 家族のこと、お付きメイドやお付き侍女のこと。


「あのね、アタシんちの側に、馬を思いっ切り走らせられる草原があってね。冬は寒いけど、春や夏に馬を走らせると、風がすっごく気持ちいいんだ」

「まあ、そうなのですね」

「その草原の端っこは崖になってて、そこから海が見えるんだよ」

「海ですか。でも崖は危ないのでは?」

「うん、だから一人で行っちゃ駄目って。でも、遠くまで見渡せて綺麗なんだ。春の終わりには、凍った海が割れて、流氷になって、とってもすごいんだよ。マリーにも一度見せてあげたいな」

「それは私も一度見てみたいですね。凍った海、流氷……とても綺麗なんでしょうね」

「うん、すっごく!」


 実家の屋敷の様子や周囲の景色、領地の景勝地のこと。


 そこは子供らしく、唐突に話が飛んだり、めいめいが競い合うように好きなことを話すせいで、二つも三つも話題が同時進行になったりもしたけど。

 でもそれもまた、とても楽しいお喋りだ。


 そうして、あれもこれもと尽きないお喋りをしていると、お付き侍女とお付きメイド達が、みんなとても満足そうな顔で戻って来た。


 タイミング的に丁度いいから、子供達だけでなく母親達と、戻って来たお付き侍女とお付きメイド達に提案する。


「先程、絞り口を使ってショートケーキにデコレーションするところをお見せすると、お話ししましたよね? どうでしょう、これからいかがですか?」


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