212 次のお茶会の約束
◆
これで特産品増産のさらなる後押しは成功ね。
だってみんなこれだけ美味しそうに食べてくれたんだもの。
特にクリスティーヌ様のリチィレーン侯爵家には、
果たしてこれで今後どう動き、増産のためにどれだけ力を入れられるか。
チラリとリチィレーン侯爵夫人を見れば、ふと目が合った。
その顔がわずかに引きつっている。
だから念押しするように極上のスマイルを見せたら、リチィレーン侯爵夫人の頬が益々引きつって強ばった。
結果が楽しみね。
最後の一口を食べて、ケーキの甘さに合わせた濃いめの紅茶で、口の中の甘さをさっぱり洗い流す。
「美味しかったですわ……」
「うん、すっごく美味しかった」
「はぁ……こんなに美味しいお菓子、夢みたい……」
みんなも食べ終わったみたいで、三者三様、名残惜しそうに、大満足そうに、反芻するように、うっとり夢心地だ。
「エマ、ここはフルールに任せて、別室に案内して差し上げて」
「はい、お嬢様」
「その後、厨房へ行って――」
エマにはお付き侍女とお付きメイド達を、クッキーと苺のショートケーキを用意してある別室へと案内して貰う。
やっと自分達も食べられる。
そんな風に、期待と喜びを滲ませながら、お付き侍女とお付きメイド達はいそいそとエマに付いていった。
主人の目がないそこで、職務を忘れて存分に味わって欲しいわ。
だけど、歓喜の声がここまで聞こえてこないようにだけは気を付けてね?
「あ、あ、あの……」
「はい、なんでしょうソフィア様?」
ソフィア様が俯くとモジモジして、チラチラと私の顔色を窺ってくる。
「も、もし……レシピを教えて貰えて、うちも、ショートケーキを作ったら……マ、マリエットローズ様、食べてくれますか?」
「わぁ、いいんですか!? それは是非!」
同じお菓子作りが趣味のソフィア様が作ったショートケーキ。
すごく興味があるわ。
「お互いに作ったスイーツを持ち寄ってお茶会するのも素敵ですね」
「……!」
バッと顔を上げて頬を桜色に染めると、ソフィア様がそれはもう嬉しそうに何度もコクコクと頷く。
その時は、お試しで作っていた新作を完成させて持って行きたいわね。
結局、なかなか上手くいかなくて、今回は間に合わなかったから。
「ずるいですわ、わたくしも!」
クリスティーヌ様が身を乗り出すようにして、参加を表明してくれる。
「アタシもアタシも! 作るの苦手だけどなんか考える!」
ミシュリーヌ様も元気いっぱい手を挙げた。
「はい、またみんなで集まってお茶会しましょう」
「やったー!」
「う、うん……!」
「約束ですわよ!」
なんだか頬がムズムズして、笑顔が零れてしまう。
次のお茶会の約束。
これって、お友達になれた、そう思っていいわよね?
案ずるより産むが易し。
難しく考えなくても、こうしてスイーツを楽しんで、お喋りして、またねって約束すれば、子供にとってはもう立派にお友達じゃないかしら。
お母様をチラリと見れば、笑顔で頷いてくれる。
良かった。
これでお父様やお母様の自省や懸念も、少しは払拭出来たわよね。
それからは、スイーツに満足して落ち着いたおかげで、あれやこれやと話題が変わりながら、他愛ないお喋りが続く。
「わたくし、物語も好きなのですけど、最近は美術に関する本を読み始めましたわ。時代ごとに流行やセンスが――――近年は宗教画ばかりではなく――――写実的な描写を――――ところでマリエットローズ様はどのような本を読まれますの?」
「私も物語は好きですね。他に歴史書や地理書なども。歴史と時代の移り変わりを想像しながら読むと、歴史も壮大な物語だと感じて楽しいです」
「まあ、歴史が壮大な物語……素敵な感性ですわ」
改めて趣味のこと、勉強のこと、日々過ごしていること、読んだ本のこと。
「あ……その、うち、作ってみたいお菓子があって……」
「どんなお菓子ですか?」
「うちの侍女がまた食べてみたいって言っていたお菓子で……卵と砂糖をいっぱい使った、スポンジケーキみたいなふわふわの、黄色いシンプルな甘いお菓子らしくて……名前がカス……なんとか、と。作ってあげたくても、分からなくて」
「それは……カステラかしら?」
「! それ! 多分それです!」
「それなら多分、作れると思います。侍女のためにお菓子を作ってあげたいだなんて、ソフィア様はお優しいのですね」
「そ、そんな、うちなんて……いつも助けて貰ってばかりだから」
家族のこと、お付きメイドやお付き侍女のこと。
「あのね、アタシんちの側に、馬を思いっ切り走らせられる草原があってね。冬は寒いけど、春や夏に馬を走らせると、風がすっごく気持ちいいんだ」
「まあ、そうなのですね」
「その草原の端っこは崖になってて、そこから海が見えるんだよ」
「海ですか。でも崖は危ないのでは?」
「うん、だから一人で行っちゃ駄目って。でも、遠くまで見渡せて綺麗なんだ。春の終わりには、凍った海が割れて、流氷になって、とってもすごいんだよ。マリーにも一度見せてあげたいな」
「それは私も一度見てみたいですね。凍った海、流氷……とても綺麗なんでしょうね」
「うん、すっごく!」
実家の屋敷の様子や周囲の景色、領地の景勝地のこと。
そこは子供らしく、唐突に話が飛んだり、めいめいが競い合うように好きなことを話すせいで、二つも三つも話題が同時進行になったりもしたけど。
でもそれもまた、とても楽しいお喋りだ。
そうして、あれもこれもと尽きないお喋りをしていると、お付き侍女とお付きメイド達が、みんなとても満足そうな顔で戻って来た。
タイミング的に丁度いいから、子供達だけでなく母親達と、戻って来たお付き侍女とお付きメイド達に提案する。
「先程、絞り口を使ってショートケーキにデコレーションするところをお見せすると、お話ししましたよね? どうでしょう、これからいかがですか?」
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