200 ブランローク伯爵令嬢ミシュリーヌは思う

◆◆



 カッポカッポとポニーが歩く。


 アタシは手綱を握ってあぶみに足をかけて、リラックスした姿勢で周りの景色を眺める。


「ミシュリーヌ、あんた大分馬の扱いに慣れてきたわね」

「でしょでしょ、えっへん♪」


 アタシの隣で同じくポニーに跨がってる、ちいねぇの珍しく素直な感心したって言葉に、グッと胸を張ってみせた。


 じぃじも、ばぁばも、パパも、ママも、おお姉も、おおにぃも、ちい兄も、ちい姉も、みんなみんな乗馬が上手い。

 ついでに剣術も射撃も馬の世話も上手い。


 いつかアタシもみんなみたいに上手くなって、みんなをビックリさせてあげるんだ。


「~~♪」


 牧草地をのんびり、カッポカッポと散歩する。


 冬は領地の北にある海が凍ってしまって、春はとっても遅い。

 雪は多いし、北風は強いし、あんまり外に出られなくて、とっても退屈だった。


 だから、ようやく温かくなってきて、こうして外に出られてすっごく嬉しい。


 パパやおお姉みたいに、思いっ切り馬を走らせたいけど、アタシはまだ小さいから駄目なんだって。

 一度やって、それはもう漏らしちゃうくらい鬼みたいに怖い顔でみんなに怒られたから、それ以来、『いいよ』って言われるまで我慢してる。


 早く『いいよ』って言われたいから、やっと春になって乗馬の練習が出来る季節になって、もうウキウキだよ。

 自然と鼻歌も出ちゃうってもんだよね。


「そう言えばあんた、公爵家からお茶会に誘われてるんでしょう? しかもマリエットローズ様の初めてのお茶会に。馬もいいけど、マナーの復習は大丈夫なの?」

「あっ、チョウチョ!」

「チョウチョで誤魔化すんじゃないわよ! あんたサボってるわね!?」

「だってぇ……」


 冬になってから、ずっと春が来ないかな、乗馬の練習したいなって、毎日そればっかり考えてたからなぁ。


「お茶会って、ドレスが窮屈でやなんだよねぇ。お上品ぶるのも疲れるし。好きな人は? とか 誰それが格好いい、とか。そんな話、退屈だし」

「あんたねぇ……詩の練習は逃げる、刺繍は適当、勉強は居眠り、二言目には乗馬したい乗馬したいって、もうちょっとブランローク伯爵家の令嬢に相応しい振る舞いは出来ないの?」

「ぶ~~、ちい姉だって、刺繍下手くそじゃん。詩だって先生いつも苦笑いしてるし」

「なっ!? あんた生意気よ!」

「いひゃいいひゃい!」


 ポニーを寄せてきたと思ったら、ちい姉がアタシのほっぺたをつねる。

 ちい姉はすぐ乱暴するんだから。


 ヒリヒリするほっぺたをさする。


「言っとくけど、あたし、ダンスは先生に褒められたんだから」

「アタシだって、ダンスは筋がいいって褒められたよ」

「……」

「……」

「はぁ……やっぱりうちって、武門の家系よねぇ」

「パパもママも、おお姉も、おお兄もちい兄も、みんな体を動かす方が得意だもんね」


 ママもおお姉も、刺繍は苦手だし、じっとしてるのも苦手。

 それよりママは剣術が得意だし、おお姉は射撃が得意。


 剣術と馬術はちい姉と一緒にじぃじから習ってたけど、じぃじはマリエットローズ様の先生をやるために、公爵家に行っちゃった。


「でも、久しぶりにじぃじに会えるのは楽しみかな」

「それはちょっと羨ましいかも。あたしも久しぶりにお爺様に会いたいわ」

「だよね」


 カッポカッポとポニーが歩く。


 温かな日差しと風が気持ちいい。


「そうじゃなくって! 公爵家のお茶会よお茶会! マリエットローズ様の初めてのお茶会なのよ!? あんた、それに誘われた意味、分かってんの!?」

「えぇ?」

「いい? 飽きたからって足をブラブラさせない。椅子から降りて走り回らない。馬に乗ろうって腕を掴んで引っ張り回さない。分かってる!?」

「もう、分かってるよぉ、何度も聞いたし」

「分かってないから言ってるの!」

「でも、マリエットローズ様もじぃじから剣術と馬術を習ってるんでしょ? 誘ったら模擬戦や遠乗りに付き合ってくれそうじゃない?」

「それでも駄目よ! あんたってばもう毎度毎度……とにかく、今度のお茶会だけは、やらかしたら洒落にならないんだからね!?」

「分かってるって」


 ちい姉、なんだか最近、ママに似て口うるさくなってきたなぁ。

 今からそんなにガミガミ言ってたら、お嫁の貰い手なくなっちゃうよ?


 怖いから、もう二度と言わないけど。


「あたしがあと二つ年下だったら、マリエットローズ様と同い年になるし、あたしがお茶会に誘われたはずなのに……」

「じゃあ、ちい姉がアタシの代わりにお茶会行ったら?」

「駄目に決まってるでしょう! マリエットローズ様があんたをご指名なんだから!」

「じゃあ、一緒に行く?」

「行けたら行きたいわよ! まったく……なんでマリエットローズ様はこんなのを大事な初めてのお茶会に呼ぼうなんて思ったのかしら……」


 可愛い妹に向かって、こんなのって、ちょっと酷くない?


「あ~あ、天使みたいに可愛いって噂のマリエットローズ様、見てみたかったなぁ」


 ちい姉って乱暴者の癖に、やたらと可愛いのが好きだよね。

 ベッドの周り、ぬいぐるみがいっぱいだし。


 何がいいんだろう、ぬいぐるみ。

 馬の方が可愛いと思う。


「あっ、そうだ! お茶会の時、馬に乗って行ったらどうかな!? ドレスじゃなくて乗馬服で行けるし!」

「駄目に決まってるでしょう!」

「えぇ~~」


 ちぇ、名案だと思ったのに。


 あ~あ、ドレスやマナーさえなければなぁ。


 でも、マリエットローズ様に会うのはちょっと楽しみかも。

 じぃじの手紙で、真面目で筋がいいって書いてあったし。


 マリエットローズ様、一体どんな子なのかな?

 模擬戦や遠乗りに付き合ってくれないかな?


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