199 シャルラー伯爵令嬢ソフィアは思う

◆◆



「なあ母さま、うち、変じゃない?」


 鏡の前でドレスを着た自分をじっくり眺める。


「あら、ソフィは可愛いに決まってるでしょ。自信持ちなさい」


 母さまはそう笑って太鼓判を押してくれるけど、うちは自信がない。


 野山を歩くし、牛の世話もするから、他のお嬢様達と比べると少し手足が太い。

 ソバカスもあるし。


 しかも最近は色々な食材が手に入るようになったから。

 珍しい料理が多くてご飯は美味しいし、趣味のお菓子作りも捗って、ただでさえ丸みを帯びた体型が益々丸く……。


 だから、自分がそんなに可愛いとは思ってない。


「でも……マリエットローズ様は天使みたいに可愛いって評判だし、他に招待されてる子達だって……」

「ソフィだって負けてないわよ。そんなオドオドビクビクしてないで、堂々としていればいいの」


 母さまはそんな風に言うけど、母さまだって他の家のお母さま達の前に出たら、オドオドビクビクして上手に喋れなくなる癖に。

 うちは父さまも、兄さまも、姉さまも、みんなそんな感じだけど。


 うちのシャルラー伯爵領は山の方にあって、領地のほとんどが山だ。

 だから領全体で牛や羊を飼ってるけど、人の数より牛や羊の数の方が多い。

 そのせいで、うちはいつも田舎者扱いされてる。


 おかげで、都会の流行なんてさっぱり分からないし、ドレスもアクセサリーも流行遅れの物ばっかりしか持ってない。

 だから、夜会やお茶会に行くのは、いつもみんなうんざりしてる。


 もっとも、田舎者だからって理由で、滅多に誘われないけど。


 その滅多に誘われないお茶会に、今回誘われてしまった。

 それも、なんとうちのシャルラー伯爵領を含む、広大な領地を治めるゼンボルグ公爵家のお嬢様、マリエットローズ様のお茶会に。

 しかも、マリエットローズ様が初めて開く、記念すべきお茶会にだ。


 それはとっても名誉なことで、うちなんかに声をかけてくれて嬉しい。

 天使みたいに可愛いって評判のマリエットローズ様を、一度見てみたい。


 でも……。


 姿見に映る自分を見たら、心がしおしおになってしまう。


「どうだソフィ、準備は出来たか? おお、可愛いじゃないか!」

「父さま……」


 父さまは相好を崩して大げさに褒めてくれる。

 嬉しいけど恥ずかしくて、ちょっとだけ虚しい。


 父さまも母さまもいっぱいいっぱい褒めてくれるけど、大したことないのは自分が一番よく分かってるから。


「いいかソフィ、お茶会ではマリエットローズ様と絶対に仲良くなってくるんだぞ」


 お茶会のお誘いが来てから、父さまは二言目にはすぐこれを言う。


「ゼンボルグ公爵家から無理してスパイスブームに乗る必要はないって言われて、本当に助かったからな」


 うちは牛と羊以外、特に特産品はないし、領地は山ばかりだから、商人が運んでくるスパイスはただでさえ高いのが一層割高になってたんだって。

 だけど田舎者って馬鹿にされたくないから無理して買ってたんだって言ってた。


 それをやめて良くなったから、厳しくなる一方だった生活が、少し楽になったの。


「浮いた金は街道整備や特産の畜産に当てろとのお達しで、せっかく金が浮いたのにと思ったが、冷蔵庫と冷凍庫を載せた荷馬車のおかげで、これが大正解だった!」


 山道で道が悪かったから、以前はあんまり商人は来てくれてなかったんだって。

 でも街道を整備したおかげで商人が来やすくなった。

 さらにあの驚きの荷馬車の魔道具のおかげで、特産のチーズやバター、羊毛と毛織物だけじゃなく、卵や牛乳やお肉までたくさん売れるようになったの。


 父さまと母さまは、それをとても感謝してる。

 自慢の品をたくさんの人に届けられるって。


 それに、遠い領地の珍しい食べ物も届くようになって、食卓が華やかになった。

 それはうちも嬉しいし、感謝してる。


「しかもマリエットローズ様が興味を持ってくれたのか、お茶会に先だってうちの牛乳やバターを大量に買って下さった。これはチャンスだ! そうだろう!?」


 父さまの声は元から野太くて大きいのに、興奮すると一層大きくなって煩いくらいになる。


「いいかソフィ。マリエットローズ様と仲良くなれば、これからもっと買って貰えるようになるかも知れないぞ! さらに肉やチーズも買って貰えるようになれば万々歳だ!」

「もしそうなったら大助かりね」


 母さまも、頬に手を当ててのほほんと微笑む。


 父さまと母さまがご機嫌なのはいいことだけど……。

 ずっしりと両肩が重くなる。


「うち、自信ないな……」


 都会の華やかな公爵家のお嬢様が、うちみたいな田舎者の可愛くない子と仲良くしてくれるのかな……。

 田舎者の牛臭い子はお呼びじゃないのよって、またクスクス笑われたり、無視されたりしないかな。

 公爵家なんだし、こんな田舎娘は屋敷に入れられませんって、追い返されたりするかも……。


 うう……考えてたら、お腹が痛くなってきた。


「父さま、母さま、うちお腹が痛く……」

「マリエットローズ様がうちの牛乳を宣伝して下さったら、他の家のお嬢さん達もうちの牛乳を飲んでくれるようになるかも知れないな!」

「うちの羊毛を使った毛織物も使って下さらないかしらね」

「そしたらうちは大儲けだな! わはははは!」

「……」


 駄目だ、言えない。

 お腹が痛いからお茶会には行けませんなんて、言えないよ……。


 ああ、やだなぁ、行きたくないなぁ……。


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