124 閑話:似た者主従

◆◆



 お嬢様は今、旦那様と一緒に、旦那様の執務室でジエンド商会の輸送部門の責任者から事業の進捗状況の報告を受けている。

 荷馬車用の冷蔵庫、冷凍庫で各地の特産品を輸送して、新たな流通網の構築と新たな需要を生み出す、あの驚きの新事業についてだ。


 旦那様の執務室なので、お嬢様の護衛は必要ない。

 おいそれと入って機密に触れるわけにはいかないことは元より、旦那様もお側にいるし、相手も譜代の家臣で信頼出来る人物だからだ。


 だからわたしは今、お嬢様に頼まれて別室で控えている。


 その別室は、ゼンボルグ公爵家が興したジエンド商会とブルーローズ商会の関係者用の、旦那様にお目通り出来るまで待つための控室だ。


 その控室には、旦那様とお嬢様を訪ねてきたジエンド商会の輸送部門の者がもう一人、話し合いが終わるまで待機している。

 その人物は話し合いをしている責任者の息子である青年で、後継者として事業のノウハウを学んでいる最中だと言う。


 もう少し具体的に言えば、エマがその青年の来客対応をしているから、万が一のことがないよう、また外聞も考えて、エマの護衛役として控えているわけだ。


「以前、公爵閣下が過度なスパイスの使用の禁止と、それで浮いた費用を街道などのインフラ整備や特産品の増産や品質向上に投資するようにと通達された時、僕はきっと何かが始まるって、そんな期待を抱いたんです」


 その青年、セドリックは、公爵家を訪れることに慣れていないのだろう。

 最初は緊張して遠慮がちに、そして若く可愛い年頃の女性であるエマの来客対応に照れもあり、話を振られると返事でポツポツと話していただけだった。


 それが変わったのは、水を向けるようにエマが自分はサンテール商会の娘で、新事業に関心があることを匂わせてからだ。

 今やセドリックは積極的に、熱を入れてエマへ話しかけている。


 しかしそれも仕方ないだろう。


「それで僕は父から話を聞いて思ったんです。それはこの新事業のためだったんだ、ゼンボルグ公爵領は大きな飛躍の時を迎えようとしているんだって!」

「セドリック様もそう思われますよね。この新事業はとても素晴らしいものだと」

「はい、とても思います!」


 お嬢様が発案された魔道具と新事業をべた褒めされて、エマが上機嫌でニコニコと話を聞いているのだ。

 これでは、自分の話を喜んで聞いてくれていると勘違いしても仕方がない。


 自分とほぼ年が変わらない若く可愛い女性。

 それもお嬢様のお付きメイドを務める程、主家であるゼンボルグ公爵家と、何よりお嬢様ご自身から信頼されていて、身元が確か。

 加えて、ゼンボルグ公爵家の使用人として相応しい教育をされているため、物腰は柔らかく丁寧で気が利き、商家出身のため学があり知的で、商売についての見識と理解がある。

 しかも、自分の話に関心を持って聞いてくれているともなれば、まだ若いセドリックに舞い上がるな、勘違いするなと言う方が酷だろう。


 もちろんエマにはそんな意図などない。

 当然、手玉に取ろうなどと言う悪意もない。

 ただ少し、自主的に探りを入れただけだ。


 お嬢様の情報が、責任者である父親から息子のセドリックに漏れていないか。

 お嬢様の情報を引き出そうとする不埒な輩が接触してきていないか。


 お嬢様第一で、お嬢様を溺愛しているが故に、それを探っているに過ぎないのだ。


 ちなみにわたしは護衛役としてセドリックの死角になる壁際に控えているので、その会話には参加せず、静かに成り行きを見守っている。


 そして、舞い上がって勘違いしたセドリックには可哀想だが……。


「さすが天才魔道具師とうたわれたバロー卿ですよね! 冷蔵庫と冷凍庫を開発しただけでもすごいのに、魔道具ごと荷馬車で運んで流通を拡大しようなんて。ただ優れた魔道具を作れるだけじゃないその発想力は、男爵位をたまわったのも伊達じゃない天才ぶりだと思います!」


 ……その一言で全てが終わった。


 すっと静かに、エマの瞳から関心が消え失せる。


 わたし同様、エマも確信したからだ。


 セドリックは何も知らない。

 旦那様とバロー卿が誘導したその誤解を、そのままに信じ込んでいる。

 これなら不埒な輩が近づいたとしても、お嬢様真実に迫る情報は何も手に入らない。

 お嬢様はまだしばらく安全だ、と。


「それだけの発想を生かすも殺すも、輸送部門の責任者であるアベル様と、その跡を継がれるセドリック様の、これからの活躍次第でしょう」


 だから、エマはタイミングを見計らって、話を終わらせに入った。


「はい、任せて下さい! 常日頃お世話になっているゼンボルグ公爵家のために、父も僕も頑張ります!」

「期待していますね」

「はい!」


 それは『お嬢様のために頑張って下さいね』と言う意味であって、決して『セドリック様に期待していますね』ではない。

 しかし舞い上がっているセドリックは、それに気付かなかったようだ。


「と、ところでエマさん……つ、次のお休みは、いつでしょうか? よ、良かったら、その……」


 おお、気付かないまま勝負に出てしまったか。

 しかも、顔を真っ赤にして、これはとても分かりやすい。


 さて、その気がなかったようだが、果たしてエマはどうするだろうか。


「申し訳ありません。お嬢様は大変に勤勉な方で、常日頃から習い事やお勉強など非常にお忙しく、お休みしていてはそのお世話が出来ません。ですので、お休みはほとんど戴いていないのです」

「そうなんですか……」


 これは少し不味いか?


 エマはそれこそが自分の誇りと言わんばかりの態度と口ぶりだが、色恋に目が曇ったセドリックにこの言い方では、まるでお嬢様がエマに休みも与えずこき使っているようにも聞こえてしまう。

 ここはお嬢様のため、エマのため、そしてセドリックに誤解させないためにも、フォローを入れておくべきだろう。


「お嬢様は働き詰めのエマを気遣って、定期的に休みを取るようにとおっしゃっているのだが、エマが聞き入れなくてな」

「お嬢様ご本人が休みなく学ばれ働かれているのに、あたしが休むなどあり得ません。何より、悠長に休んでいては、愛らしいお嬢様の日々を見逃してしまいます。そのようなもったいないことは出来ません」


 胸を反らして、お嬢様曰く『ドヤ顔』と言うものをするエマは、かなりお嬢様に影響を受けているらしい。


 初めてわたしが口を挟んだことに驚いてわたしを振り返り、続けてのエマの言葉にさらに驚いてエマを振り返り、やがてセドリックはガックリと肩を落とした。



 話し合いが終わり、父親と共にセドリックは帰って行った。


 タイミングよく二人きりになったので、ティーカップやお茶菓子などの後片付けをしているエマに尋ねてみる。


「エマはどこか嫁ぎ先が決まっているとか、思う相手がいるとか、あるのか?」

「アラベル様? 唐突ですね」


 決して唐突ではないと思うのだが……。


「嫁ぎ先の宛てはありませんし、相手もいませんよ」

「そうなのか?」

「はい。そもそも、殿方に声をかけられたこともありませんし」


 いや、今し方、誘いを受けたばかり……。


「いつかどなたかと、と思いもしますし、お嬢様のお世話が出来るのならこのままでも、とも思いますし。タイミング次第ですね」


 今まさに、そのタイミングを逃し……。


 いや、言うまい。

 どうやら、お嬢様とエマは似た者主従のようだ。


 わたしも、いつか素敵な殿方と、と思うから、わたしは気を付けておこう。


「アラベル様こそ、凛々しくて素敵ですから、どなたか良い方はいらっしゃらないんですか?」

「いや、残念ながら、わたしもその手の浮いた話はまったくだ」

「あら、そうなのですか? 周りの殿方は、見る目のない方達ばかりなのですね」

「そんなこと――」


 ――いや、まさかわたしも気付かず逃してきた……と言うことはない、よな?


 …………。


 これからは十分に気を付けておこう。






――――――――――


 ここまでお読み戴きありがとうございます。

 また、レビュー、応援、コメントなどありがとうございます、とても励みになっています。

 続きは鋭意執筆中です。


 ようやく試作の大型船が完成しましたね。

 いよいよ、海洋貿易が現実味を帯びてきました。

 お話の区切りとしては、なんとなく第一部完結、と言う感じでしょうか。


 本番の交易船が完成するまでは、もう関連して開発する物はほとんどないと思うので、一気に時間を進め……ようかと思いましたが……。

 本格的に海洋貿易が始まるまでに触れておきたい政治的な動きや陰謀の火種、および整えておきたい状況、さらに開発以外の内政や、こなしておきたいイベントなどを、第二部と言う感じで進めていこうかと考えています。

 そろそろどこかで、攻略対象の王太子やヒロインとも絡めたいですしね。

 とある侯爵令嬢も再登場させたいですし。


 それらが切りよいところまで進んだら、第三部として、遂に大海原へ、と。

 そのように考えています。

 予定は未定ですが。


 次回の125の投稿開始は、四月十日月曜日を予定しています。

 その後はまた、今回と同程度のエピソード数を毎日投稿予定です。

 是非、続きを楽しみにお待ち下さい。


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