122 そしていつか必ず大海の向こうへ

 練習船、未来への架け橋号が船員達の手で、沖へと向かって進んで行く。


 もうね、これが胸熱と言うものなのかしら。

 大声で歓声を上げたいくらい、天井知らずにテンションが上がっていくわ。


 だって、前世の記憶を取り戻し、陰謀と破滅と断罪の未来に気を失うほどに絶望してから早五年。やっと、これまでの努力が実を結んで、一つの形になったんだから。


 本来の目的の大型船はまだないけど、予想される陰謀開始の時期まで、あと二年と少し。

 この段階で、練習船が完成したのはとても大きいわ。


 新しい技術を次々と盛り込んだせいで、ウインチやクレーン、運搬車や台車を投入して工期を大幅に短縮しても、未来への架け橋号の建造は二年半も掛かってしまった。

 だけど、すでに一通りの技術は蓄積されたわ。


 本番の大型船に必要な木板、鉄の肋材とマスト、銅板などは、未来への架け橋号の分の生産が終わった後、先行して生産に入って貰っている。

 特に木板は、すでにそれなりの量が揃っているくらいよ。


 棟梁達船大工も、未来への架け橋号をジエンド商会に引き渡した後、すぐ建造に取りかかってくれているし。

 しかも厳選に厳選を重ねて、信頼出来る人を新しい船大工として雇って増員してくれているんですって。


 船のサイズは全長も全幅も倍くらいになるけど、これなら今度は二年半も掛からないはず。


 陰謀阻止はきっと間に合う。

 私達には明るい未来が待っている。

 眼前に広がる海を見つめていると、そう信じられるわ。


「マリー」


 呼ばれて振り返ると、お父様とお母様が優しく微笑んでいた。


「ありがとう、マリー。ここまで来られたのはマリーのおかげだ」

「文字通り、未来への架け橋になる、とっても素敵な船をありがとう」


 お父様とお母様の微笑みは、深く私を愛してくれている、その気持ちが伝わってくる、とっても素敵な笑顔で、私も自然と笑顔が零れていた。


「私も、信じてくれてありがとうございます、お父様、お母様」


 二人の理解と協力がなければ、絶対にここまで辿り着けなかったから。


 やがて沖に出た船は、グッと船足を増した。


「潮の流れに乗って、いい風を掴まえられました」


 船長さんが、わくわくした顔で近づいてくる。


 どの横帆も大きく膨らんでいた。

 シャット伯爵の船で船遊びをさせて貰った時とは違う、まさに海原を駆けると言える速さで船が進み、潮風を強く感じられる。


「船長、閣下! およそ八ノットは出ています!」


 木片を結びつけたロープを引き上げて、船足を計った船員さんが、驚愕の顔で駆け寄ってきた。


「潮と風を掴まえられたとはいえ、まだ全て帆を張っていないのに、それだけの船足が出ているのか」


 お父様が驚くのも無理はないわ。

 普通の帆船の平均速度は三から五ノット。

 潮と風を掴まえれば、それより速くなるのは当然。


 でも、この船はこれほどの大型船なのに、八ノットも出しながらまだ全力じゃない。

 だって横帆は九枚のうち、六枚しか展帆てんぱんしていないんだから。


「船長、この船の全速を知りたい」

「畏まりました。総員、総帆展帆そうはんてんぱん!」

「アイアイサー!」


 船足の報告に来た船員さんが敬礼して、すぐさま命令を伝えるため駆け出す。

 すぐに指示が飛び全ての横帆と縦帆が展開され、ウィンチで向きを調整されると、さらに風を掴まえて目に見えて船足が速くなった。


「じゅ、十二ノットも出ています!」


 途端に、みんなからどよめきが上がった。


「まさか、これほどの速度が出るとは……!」

「この船が……ううん、本番の大型船はきっともっと速いんですよね……その船があれば、本当にあり得ない速さでアグリカ大陸へ到達出来ますよ!」


 シャット伯爵とジョルジュ君も大興奮だ。

 国際的な貿易港であるシャルリードを治めるだけあって、より一層それを実感しているんでしょうね。


「本番はまだまだこれからですよ。だって私達には秘密兵器があるんですから。ね、船長さん?」


 期待して船長さんを見上げると、船長さんがニヤリと不敵に微笑んだ。


「もちろんです。この船には魔道スラスターがあるんですから」

「動かしましょう、是非!」


 拳を握って前のめりになった私に、船長さんが快く頷いてくれる。


「ではマリエットローズ様、指揮をお願いします」

「はい!」


 船長さんやお父様と一緒に、操舵手の側へ場所を移す。


「魔道スラスター起動」

「アイアイマム、魔道スラスター起動!」


 操舵手さんがまるで私がボスみたいにノリよく復唱してくれて、テンションは爆上がりよ!


「魔道スラスター、微速前進へ!」

「アイアイマム、魔道スラスター、微速前進、ヨーソロー!」


 十二ノットも出ている中で、微速前進の分を上乗せしても、一ノット上乗せされるかどうかで、体感では分からない。


「魔道スラスター、半速を飛ばして強速へ!」

「アイアイマム、魔道スラスター、強速、ヨーソロー!」


 スロットルレバーを一段階飛ばして強速へ上げたおかげで、グッと船が加速した慣性を感じて、わずかに身体が後ろへ引っ張られる。


「じゅ、十五ノット! 十五ノット出ています!」


「「「「「おおっ!」」」」」


 波が船首に当たって船が大きく揺れるけど、まだまだ、ここからが本番よ。


「魔道スラスター、第一戦速へ!」

「アイアイマム、魔道スラスター、第一戦速、ヨーソロー!」


 さらに大きく速度が増したのが、船の揺れで分かる。

 第一戦速はおよそ八ノットを上乗せされる出力設定だから、多分今、優に二十ノット以上出ているはずよ。

 だって出力設定は、交易品を満載した重量を基準に計算しているから、空荷の今はもっと速度が出るに決まっているわ。


「みんな、これからこの船の本気も本気の速度、行きますよ! 魔道スラスター全力全開! 第二戦速を飛ばして最大戦速へ!」

「アイアイマム、魔道スラスター全力全開、最大戦速、ヨーソロー!」


 スロットルレバーが目一杯押し込まれて、これまでにない程に船が加速した。

 吹き付ける風に髪が舞い、かつて誰も体験したことがない船足で、船は沖へ沖へと進み続ける。


「速い! 速いよ! なんて速いんだ!」

「まるで船が海の上を飛んでいるようではないか!」

「なんて速度だ……船とはこれほどの速度を出せるものなのか!」

「マリー、すごいわ! とってもすごいわ!」


 みんな驚きすぎて大騒ぎね。

 船員達も一緒に船縁から海を覗いたり膨らむ帆を見上げたり、歓声を上げている。


 最大戦速はおよそ十五ノットを上乗せ出来る出力だ。

 つまり今、未来への架け橋号は二十八ノット以上、多分三十ノットを越える速度で航行していることになる。

 それはおよそ、時速六十キロメートルくらい。


 追風が強く吹き付けてきたときの最大瞬間速度は、きっと三十五ノットを越えているはずよ。


 この時代の普通の帆船の平均速度が、人が普通に歩いたり、軽いジョギングするくらいなのに比べたら、馬が全力疾走するのに匹敵する速度だから、段違いの速さね。


 でも、その速度を出しても船体に問題はない。

 それだけ頑丈に造って貰ったから。


「これが私の……この船の本気です!」


 高らかに宣言すると、みんなから、そして船員達からも拍手喝采が上がって、みんな溢れんばかりの笑顔だ。


 ゼンボルグ公爵領はこれから海洋貿易で必ず豊かになる。

 それを確信してくれたんだろう。


 ムフーとドヤ顔の大満足で、私もみんなと一緒に船縁に近づいて海面を覗き込んだ。


 波を蹴立てて颯爽と走る。

 まさにその表現が似合う速度で長い航跡をきながら、海原を駆ける未来への架け橋号。


 それから顔を上げて南へ、そして西の水平線の彼方へと目を向けた。


 視界を遮る物など何もない、青く広がる大海原。


「あと二年……」


 あと二年で必ずこの大海原を越えて、アグリカ大陸へ、そして新大陸へと到達してみせるわ!


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