106 造船無双 舵輪はオーパーツです
「なあお嬢ちゃん、他にもとんでもねぇ工夫がたくさんあるが、そいつらにも今みたいなご大層な理由があるのか?」
もういっぱいいっぱいと言う感じで棟梁が聞いてくる。
「いえ、他の工夫にはもう、そんな意図はないですよ」
「他の工夫ですか?」
ジョルジュ君が目を輝かせてキョロキョロ周りを見回すから、つい笑みがこぼれてしまう。
「それはですね――」
例えば、マストで帆を吊り下げる横に長い棒、あれはヤードと呼ばれている。
現在の帆船では、ロバンドと呼ばれる縄の丸い輪っかをいくつも使って、帆をヤードの真下にカーテンのように吊り下げている形だ。
でもこれだとヤードと帆の間に隙間が出来て、特に縦帆で風上へ進む力のロスを生んでしまう。
そこで十九世紀になると、ヤードの上にジャック・ステイと呼ばれる金属の棒を平行に渡して、そのジャック・ステイに帆を結びつけてヤードの上から吊り下げることで、その隙間をなくして、力のロスをなくすようにしたの。
それによって、風上へ進む角度に違いが出ていたみたい。
多分より小さい角度で効率よく風上へ向かえるようになったんじゃないかしら。
だから、そのジャック・ステイを採用したの。
「他にも――」
例えば、コグ船などの一本のマストに横帆が一枚の船なら、帆を張る時も畳む時も、ヤードそのものを上げたり下げたりしてやるけど、一本のマストに横帆が二枚以上の船だとその方法が使えない。
だから船員は高いマストを登り、ヤードに跨がってしがみつきながら作業をすることになる。それも、命綱もなしで。
そこで十七世紀になると、ヤードの下にフット・ロープと呼ばれるロープを平行に渡して、水夫がそこを足場に作業できるようにしたの。
だから、このフット・ロープも採用。
そして当然、命綱を付けての作業を義務化するつもり。
命を守る装備として、安全ベルトを開発しないといけないわね。
――この安全ベルトの開発により、本人が知らないところで益々ポセーニアの聖女との呼び名が高まるのだが、それはまた別の話である。
「そのような工夫まで……実は先ほどからずっと気になっていたのですが、船尾にあるこの取っ手がたくさん付いた馬車の車輪のような物、これも何かの工夫なのですかな?」
ふふふ、遂にそれに気付いてしまったのね。
「ええ、それはとても大事な工夫です。これは、舵輪と言います」
「舵輪……ですか? 聞いたことのない物ですな。これは一体、何をする物なのでしょう?」
「先ほど、舵を中央に付けた話をしたときに、それだけじゃない工夫があると言う話をしましたよね?」
「ええ、そうですな」
「実はその舵輪を使って舵柄を動かして、上甲板にいながら操舵出来るんです」
「なんと!?」
「ええっ!? どんな仕組みで!?」
シャット伯爵も、これにはさすがに驚いたようね。
ジョルジュ君も、必死に船の知識を思い出しているみたいだけど、見当も付かないみたい。
それもしょうがないわよね。
だって、大型船用のオーパーツなんだもの。
そう、船が大型化していって、十八世紀になってようやく登場したのが舵輪なの。
それ以前の時代を舞台にした映画で帆船を舵輪で操舵していたら、実はそれは時代考証の間違いなのよね。
でも『
「舵輪の仕組みって、実はすごく単純なんです」
舵輪の仕組みをイメージしやすいモデルだと、火熾しの道具が分かりやすいかしら?
弓の弦を棒に巻き付けて、弓を左右に引くと棒が回転して、左右の弦の長さが変わるでしょう?
それと同様に、舵輪の軸には
「だから、例えば舵輪を
「なんと……なんて単純な仕組みだ」
「そんな簡単な方法で舵を動かせるなんて……」
ふふ、とんでもなく驚いているわね。
私も初めて父と兄に教えて貰ったとき、『そんな単純な仕組みだったの!?』って驚いたもの。
しかも舵柄を左右に引っ張る部分は動滑車だから、舵輪の回転数は増えるけど、小さい力で動かせるのよ。
「しかし何故舵輪を? 船員に舵柄を直接動かすよう指示すればいいのでは?」
そう、実はそれこそが、大型船では不便でそのまま舵柄だけでは採用出来ない理由だったの。
「何故、舵輪を使うかと言えば、目的の大型船ともなると、舵柄を操作するのは
そういった理由から、船尾に舵輪が設置されるようになったらしいわ。
ましてや嵐の中や大砲を撃っている最中ともなれば、なおさら聞こえないでしょうね。
「言われてみれば! すごい、マリエットローズ様!」
「なんと素晴らしい! そのような先の事まで予見して、このような画期的な発明を生み出すとは! マリエットローズ様、あなたは正真正銘の天才だ!」
「たまげたな……オレらも舵輪には、ほとほと感心していたんだが……まさかこんなちっこいお嬢ちゃんが、ここまでのことを考えて作らせてたとは……」
脱帽って感じで、棟梁までもが、もうそれ以上言葉もないみたい。
エマは私の手を握りながら目をキラキラさせているし、アラベルも後ろに控えていて息を呑んでいる。
お父様は言わずもがな、親バカ全開ね。
だから私は『はい』とも『いいえ』とも答えずに、曖昧に微笑んでおく。
本当に先人の知恵ってすごいわよね。
でもね、視察はまだ上甲板が終わったばかり。
船内に入るのは、これからよ。
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