103 造船無双 一目で分かるとんでもない工夫 船首編

 その穴は、手抜き工事や壊れて空いているわけじゃなく、上下はビシッと一直線、左右は半円を描いて、綺麗に整えられている。

 しかも少し奥へ真っ直ぐ進むと斜め下に角度を変えて、船底まで貫通していた。


「む……よく見れば、同じように船尾の側面にも穴が空いているぞ」

「しかも真っ直ぐ反対側まで突き抜けていますね」


 アラベルとエマが見付けたとおり、側面の穴は直径一メートル程の円形で、真っ直ぐ反対側まで貫通して向こう側が見えている。


 ふふふ、みんなすごく驚いているわね。


 それらの穴を覗き込んで、ジョルジュ君が不安そうに振り返る。


「こんな穴がいくつも空いていて、船は沈まないの?」

「そいつは大丈夫だ。穴って言っても筒になってるだろう? 浸水するような穴じゃねぇ」

「じゃあ、なんのためにこんな穴を?」

「だろう? そう思うよな? オレらも造りながら、船にこんなでかい穴を空けちまって本当にいいのかよって、正直、おっかなびっくりで作業したんだが……なんでもそこには、魔道具の推進器とやらを取り付けるから構わないんだとよ」


 棟梁の説明で、棟梁以外のみんなが一斉に私を振り返った。


 お父様には事前に説明しているけど、やっぱり本当に大丈夫なのかと心配みたいね。

 だから、みんな安心出来るように、にっこりと微笑む。


「大丈夫です。任せて下さい。ここでは詳しく説明出来ないですけど」


 だって、最重要機密の魔道具よ。

 いくら信頼していても、大勢の船大工達の耳があるところで、その内容をつまびらかには出来ないもの。


 みんなすぐに察してくれて、それ以上の質問は控えてくれた。

 ジョルジュ君、本当はすごく聞きたそうでソワソワしているけど。


「次、行きましょうか」

「ああ、そうだな」


 笑顔で促すと、そこは棟梁も踏み込まない方がいいと理解しているのか、それ以上の説明はなしで、次は船首方向へと案内してくれた。


「ほう……船首がスリムになっているな」

「その角度に加工するのは苦労しましたぜ」


 船首を見て感心するお父様に、棟梁がまたしても自慢げに頷く。

 ちなみに、船首の側面にも同様に直径一メートル程の円形の穴が空いているんだけど、みんなそれを横目で確認しただけで、誰も話題にしないのはさすがね。


「このほっそりしているの、格好いいなぁ」


 ジョルジュ君が目を輝かせて船首を見上げる。

 私も、このいかにも現代風のしゅっと尖ったスリムなデザインには大満足だ。

 だけど、これは単にデザインを再現したと言う話じゃない。


「実はこのほっそりとした角度が、これまた他にはねぇとんでもねぇ工夫なんだ」

「この船首が尖った形がどんな工夫なの?」

「船足が速くなる」

「船足が? どうして?」

「それは……あ~……オレらもそう聞いただけで、なんでだ?」


 ガイドとして頼りない棟梁の言葉に、またしてもみんなが一斉に私を振り返った。

 なので、解説役を引き受ける。


「簡単に言うと、水の抵抗が弱くなるからです」


 現在の船は、上から見るとざっくり楕円形をしていて船首が丸い。

 だけどこの船の船首は、現代風に鋭く尖っている。

 この形状だと船首が水を左右に切り分けて、水の抵抗が少なくなるのよ。


「そっか、なるほど」


 想像してみたのか、ジョルジュ君が納得顔で頷く。

 ジョルジュ君、やっぱり地頭がいいわね。


「水の抵抗と言うと、実はもう一つ、大きな工夫があるんです」

「えっ、まだあるんですか!?」


 目を丸くするジョルジュ君に得意げに微笑んで、棟梁に目を向ける。

 棟梁はニヤリと笑うと、船底の木板をゴンゴンと拳で叩いた。


「作業はまだ先だが、実はこの船底の外側を薄い銅板で覆っちまう予定だ」

「船底を銅板で覆う!?」

「それはまた意味が分からんな……」


 ジョルジュ君とシャット伯爵が大きく首を傾げる。

 そんな中、はっと気付いたように、アラベルが私を振り返った。


「軍馬に鎧を着せるように、船にも鎧を着せると言うことですか?」

「装甲と言うこと? 騎士のアラベルらしい発想だけど、残念、違うわ」

「そうですか……」


 本人は正解を閃いたつもりだったみたいだから、肩を落として残念そうね。


 装甲船は十九世紀になって、砲弾が炸裂弾など進化して破壊力が増して、従来の分厚い木板では防げなくなってきてからの話ね。

 今は大砲の性能が低いから、守りは船体の木板を厚くするだけで十分なの。


 でも、今ここでそれを思い付いたことは、ある意味でとてもすごいことよ。

 普段から魔道具開発のサポートをしてくれているおかげかしら。


 ちなみに織田信長が作らせた鉄甲船はそれより早い十六世紀のことだけど、毛利の水軍に焙烙火矢ほうろくひやの攻撃をされたから、防火対策として鉄板を貼り付けたもので、防弾としての装甲とは意味が違ったらしいわ。


「アラベル、そんなに残念がらないで。実は惜しいと言えば惜しいの。守るという意味ではある意味同じだけど、相手が違うのよ」

「惜しい、ですか!? その相手とは!?」


 あ、元気になった。


「フジツボ、エボシガイ、フナクイムシよ」

「は?」


 予想もしていなかった相手みたいね。

 アラベル、変な顔になっているわよ。


「海賊や私掠船じゃなくて、貝ですか?」


 ジョルジュ君も、まさかここで貝が出てくるとは思わなかったって顔ね。


「船は長く航海していると、船底にフジツボやエボシガイと言った貝が付着してしまうんです」

「そう、こいつらがまたしつこいのなんの。洗い落とすのが大変で、船乗りどもには大層嫌われてるぜ。しかも、フナクイムシってのはムシって名だがこいつも貝でよ、船の木材を食って穴を空けちまうんだ。船体が食い荒らされて弱くなる上、浸水の危険もある」

「しかも、それらの貝が付着すると水の抵抗が大きくなって、船足が遅くなってしまうんです。そこで、貝の付着を抑えて遅らせるのが、今話にあった銅板の役目なんです」


 銅製被覆ひふくと言って、十八世紀に開発された技術なの。

 海上封鎖で何カ月も航海していた船が、港から出てきたばかりの船と変わらない速度を出せたと言うエピソードもあるみたい。


「それは、それほど違うものなのですかな?」

「えっと、多分……」


 チラッと棟梁を見る。


「ああ、旦那、違ったぜ。海に浮かべて試すよう言われてやってみたが、木板にはびっしり付いてやがったのに、銅板には全く付いてなかったぜ」


 良かった……棟梁、ちゃんと実験しててくれたんだ。


「ほほう、それは耳寄りな情報だ。うちの船も銅板を貼ってみるか?」


 ちなみに、なんで銅板にそんな効果があるのか、原理までは知らないのよね。

 銅は精錬技術が低いと、猛毒のヒ素が不純物として残っているらしいのだけど、そのせいかしら?


 ちなみに銅の錆びの緑青ろくしょうは、その昔、日本では猛毒だと言われていたらしいけど、実は誤解でその毒性は弱いそうよ。

 誤解の原因は、その不純物のヒ素と勘違いされたのでは、もしくは名前が似ている猛毒の花緑青や唐緑青と混同されたのでは、と言う説があるらしいわ。


「しかし、一隻当たりの建造費が高くなりそうですな」

「得られる経済効果を考えれば、その程度、安いものだろう」

「そうでした、閣下の言う通りですな」


 本当なら、その手の塗料があれば一番なのだけど。

 現代で使われている塗料は、徐々に海中に成分が溶け出していって、それを貝が嫌って付着を遅らせる効果があるそうよ。

 でも、さすがに私も塗料の成分や作り方なんて知らないから。


「それにしても、まだ船底を見て回っただけだと言うのに、どれも聞いたことがない、これほど数々の工夫が凝らされていたとは……さすがマリエットローズ様の知識の泉は、底が知れませんな」

「ああ、まったくだ。話を聞いていたとはいえ、驚かされるばかりだよ」


 お父様の手が、優しく頭を撫でてくれる。

 照れる。


「えへへ♪」


 でも嬉しい。


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