95 海洋貿易で開拓すべき市場
「このまま魔道具の市場が貴族相手だけとなると、遠からず需要が満たされて販売数は頭打ちになります。その前に、いつでも平民に市場を拡大できるだけの生産体制を整えておきたいです」
「ふむ……しかし平民に魔道具を売るとなると、他の貴族達が煩いだろう」
これにはお父様も少し難しい顔ね。
確かに、普通に平民にも売りますって言い出したら、味方のゼンボルグ公爵派の貴族達も煩そう。
賢雅会の特許利権貴族達の妨害も、必ずあるでしょうね。
「もちろん、タイミングは見計らいます。新しい職人達が十分な数育てば、むしろ積極的に貴族の市場を飽和させて、平民に市場を拡大せざるを得ない状況に持って行くのもありだと思います」
「私達で市場をコントロールするわけか」
「それなら、特許利権貴族達も絶対反対とは言えないはずです」
自分達だって貴族相手に売り上げが大きく落ちれば、次の市場を探さないといけないんだから。
「しかも、平民相手に魔道具を売るつもりがなかった彼らが、そこから慌てて生産体制を整えようとも遅きに失すると、そういうわけだね」
「その通りです。もたもた準備している間に、魔道具と言えばゼンボルグ公爵領製と、ブランドイメージを広く国民に刻み込んでおくんです」
「ゼンボルグ公爵領製のブランドイメージか……ふむ、悪くないな」
お父様の手応えも悪くなさそう。
これなら、賢雅会の特許利権貴族達が準備を終えて市場を奪い返しに来ても、容易には奪い返せないはず。
「それにモデル校として成功すれば、他の領地も真似しやすいはずです。特に海に面した領地で、造船技術を持つ職人が育ってくれると大助かりです」
「なるほど、そこにも繋がっていくわけだね」
一年、二年でどうにかなるとは思えないけど、十年、二十年と長い目で見れば、絶対にプラスになるはず。
今、最も欲しいのは即効性のある政策と、それに寄与してくれる人材だ。
でも、だからと言って、中長期的な政策を
だって『陰謀を断念させて破滅を回避しました。はい終了』とはいかないもの。
もしそこで手を止めたら、状況次第で陰謀と破滅再びとなってしまうかも知れないでしょう?
その時になってから慌てても手遅れだわ。
だからそうならないよう、長いスパンの計画も平行して必要なのよ。
「それに、職業訓練学校設立の真の狙いはここからです」
「真の狙い? まだ先の狙いがあるのかい?」
お父様が驚いたように目を丸くする。
ここまではお父様も気付いていたり、予想が付いたりしたみたいだけど、ここからは全く予想していなかったみたいね。
「お父様、アグリカ大陸の国々には、ほとんど魔道具がないんですよね?」
「アグリカ大陸の国々? そうだね。オルレアーナ王国もヴァンブルグ帝国も他のどの国も、一般向けの魔道具はようやく貴族階級に普及が始まったばかりだ。何より、植民地の存在で分かる通り、アグリカ大陸の国々を下に見ている国や貴族が遥かに多い。しかもアグリカ大陸への航海は危険も多く、高価な魔道具を嵐で失ったり私掠船に奪われたりするリスクを考えると、王族へ売ることも考えていないはずだ」
「だったら、そこは巨大市場となりますよね?」
「マリー……まさか!?」
ようやく、真の狙いに気付いてくれたみたいね。
そう、オルレアーナ王国の平民の市場だっていずれ飽和する。
でも、新しい巨大な市場があれば、職人達の仕事はなくならない。
「直通航路を開拓すれば、比較的安全に早く、そして安価に大量に輸送出来るわけですから、競争力で負けるはずがありません」
賢雅会の特許利権貴族達が国内の貴族の市場にしか目を向けていなくて、特許法と
だってお父様でさえ、アグリカ大陸の国々を魔道具の市場にしようなんて思いもしていなかったんだから。
「状況次第では、育てた職人達を現地へ送り込んで現地生産したって構いません」
「――!」
まずはオルレアーナ王国内で平民の市場を開拓して独占。
賢雅会の特許利権貴族達がオルレアーナ王国内の市場を私達から奪い取ろうと躍起になっている間に、アグリカ大陸と言う手つかずの市場を丸ごと戴いてしまうのよ。
特に植民地支配されなかった、独立を守り通した国と対等に貿易をして、それらの国の王家と貴族家に魔道具を普及して強固な絆を結べば、他の貴族や国が介入する余地はなくなるはず。
なんなら、ヴァンブルグ帝国を始めとするヨーラシア大陸の国々の市場にも輸出して、それらの国々が自国の市場に目を向けざるを得ない状況を作れれば、なおよしね。
新大陸の国々がどうなっているか分からないけど、そっちも同じように独占出来れば万々歳だ。
お父様が片手で目を覆って天を仰ぐ。
「……まさか、そんなことまで考えていたとは」
「お父様をこれほど驚かせられたのなら、当分誰もそのことに気付きそうにないですね。慌てずじっくり準備を進められそうです」
それは、私に前世の記憶が……ただの平民だった記憶があるせいでしょうね。
元日本人として、人種、民族、国、身分なんかで差別すると言う感覚がないから。
お父様は手をどけて視線を私に戻すと、もうなんて言っていいか分からないと言う顔で苦笑を浮かべた。
「……アグリカ大陸との交易は、領内の作物などの特産品を輸出するだけだとばかり思っていたが……まさか魔道具までとは。マリーにここまでの商才があったとは、正直、驚きすぎて言葉もないよ」
「お父様ったら、商才なんて大げさですよ」
「いいや、そこまで周囲の動きを読み、誘導して、先手を打とうとは、本当に驚いた」
私は前世でしがない会社員でしかなくて、アイデアも知識も底が知れている。
今はまだ『天才幼女』と持てはやされているけど、二十歳過ぎればただの人だ。
そんな私がここまで出来るのも、間違いなく理解のあるお父様、お母様のおかげね。
「ん? どうしたんだい、急に甘えてきて」
お父様に抱き付いて、額をグリグリする。
「パパ、大好きです」
「ああ、マリー、私もだよ」
優しく抱き締めてくれるその手も、声も、とても温かくて。
ああ……私、幸せだな。
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